自分流・日々のことば
日々のことば「商」 Posted on 2025/09/07 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
秋晴れの土曜日でしたので、三四郎を連れて、パリ市内をあちこち歩いておりましたら、またまた「がらくた市」に出くわしました。
ノルマンディの田舎のがらくた市も楽しかったので、三四郎には申し訳ないのですが、小一時間、物色させてもらった次第です。
本当に、こういうことを言っていいのかわかりませんが、こんなもの誰が買うのだ、というような埃のかぶった、蜘蛛の巣だらけの変ながらくたを、みなさん、売っているのです。
なのに、売れるんですから、不思議ですよね・・・・。
☆
中には、粗大ごみで捨てられていたような家具を自分で修理して売っている人もいます。
市民が応募して出店するのが普通ですが、どうも半分以上はプロですね。いわば、こういう場所を利用して店を出している専門家たちです。
で、こういうがらくた市というのは「値段があるようでない」のが普通でして、言い値で買うのを愚か(素人)者と呼びます。
店の人と必ず交渉を行ってください。
ぼくは、プロですから、ふふふ。
ということで、買うつもりはなかったのですが、イーゼルを売っている店があったのです。
年代物のイーゼルで、正直、蜘蛛の巣がかかっていましたが、未使用でした。
なぜわかるかというと、どこにも油がついてなかったからです。
これは、今買えばかなり高い、と思ったので、様子をみておりましたら、おじさんがやってきて、
「それはいいイーゼルだよ。50ユーロ」
と言ったのです。もちろん、これが新品なら、50じゃ買えません。
しかし、蜘蛛の巣、それはかなり吹っ掛けた値段でしたから、
「高いでしょ」
と無反応な態度で小さく呟き、となりの小さなイーゼルを触ってみました。これも、未使用です。
「それは35ユーロ」
というので、
「いやいや、高いでしょ」
と腕組みをして、バカにするな、という態度で戻します。
なんなら、帰ろうとしてみせたわけです。
すると、おじさん、焦って、
「二つ買うなら、50ユーロでいいよ」
と言い出しました。
85が、いきなり、50ユーロまで下がったわけです。
ここで、がらくた市のプロを自負するぼくは、もっと下がると確信をしました。
「高いでしょ。それに、これ、壊れてるじゃない」
ちょっとボルトが外れているのを指摘してやりました。実は、簡単に直せる範囲だとわかっています。プロですから。
「そうか、ちょっと待って、直す」
おじさん、絵も描いたことがないのに、必死でイーゼルを直しはじめたのです。売りたい一心ですね。
「じゃあ、二つで45にする」
「30なら買う」
いきなり、二つで30なら買う、とにこやかに言ってやった父ちゃんでした。
おじさん、一瞬ひるんで見せましたが、
「オッケー、売るよ」
と快諾。
ぼくは素早くポケットから30ユーロをとりだし、おじさんの気が変わらないうちに手渡し、イーゼルを二つ抱えて家路についたというわけです。プロですから。
「商人の元値(あきんどのもとね)」
ということばがあります。
ご存じですか?
※ 三四郎は小さなわんちゃんと真昼の決闘中!
※ ぼくが見つけた古いイーゼル。かっこいいですね。なかなか、こんなものは売っていません。
商人がいう値というのは、そもそも、儲けるために最初から上乗せしており、ウソだらけだから信用できない、という昔の人のことばです。
日本のことばですが、世界中で通じますね。
取引をするための値だから、元値はいくらか、ということですね。
「商人と屏風は曲がらねば立たぬ」
ということばもあります。
屏風というのはまっすぐにすると倒れてしまいますよね。
折り曲げないと使えません。商人も正直なだけでは儲けが出ない、ということから、このことばが生まれました。
すると、イーゼルを抱えて立ち去ろうとするぼくに、おじさんがこう言いました。
「もっとけ泥棒!」
あはは、いいことばですね。
そうそう、こういうことばもあります。
「商人は損していつか蔵が立つ」
商人というのは「儲かりません、損ばっかです」と言いながら、いつのまにか、金持ちになっているという皮肉です。
このイーゼルも、どこかのがらくた市で二束三文で売られていたものを彼がひきとり、それを高く売ろうとしたのでしょう。
相手が、ぼくで、申し訳ありませんでした。
でも、おじさんも大儲けなんですよ。それが、フランスのがらくた市の真実なのであります。
ういんういん。
☆
来月の小生のパリ個展で、ウインドーに小さな絵を飾るつもりでしたので、そこで大活躍してもらおうと思います。
おこしになるみな様、これがあの時のイーゼルか、とほほ笑んでください。
はい、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「商人は損していつか蔵が立つ」
※ 持って帰るのが大変でした。
※ そして、パリのアトリエに戻り、小さな絵を載せてみました。いいっすねー。ラッキー。がらくた市、最高ですよ。
今日のごはん。
「野菜のファラフェル」
いよいよ、来月、パリでの個展が開催されます。個展ですよ、個展。ぜんぶ、ぼくの作品なんです。カタログを今、制作中で、会場で購入できます。2025年の辻仁成の仕事、という感じのカタログになるか、と思います。
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パリ、10月13日から26日まで、パリ、ピカソ美術館そば、GALERIE20THORIGNYにて「辻仁成展」2週間、開催します。
だいたい、午後の14時から、18時くらいまで開画廊いたします。みんな長く働かないので、午後、お越しください。
今回は、浮世絵にヒントを得た新しいシリーズ、ボタニカルな美しいノルマンディ世界、など、今までにない辻ワールドでおおくりします。全23~24点の渾身作で行くよ。笑。
☆
1月中旬から3月中旬まで、パリの日動画廊において、グループ展に参加し、6点ほどを出展させてもらいます。
辻仁成の美術サイトで確認できますので、どうぞ、パソコンで大きく、御覧ください。
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posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。