自分流・日々のことば

日々のことば、「フランス語には存在しない日本語」 Posted on 2026/04/08 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
おせわになっております。
日本だと、こういう言い方をしますよね。とくに手紙とかの冒頭とかでも。
日本の仕事関係者のみなさんはだいたい、「おせわになっております」という書き出しのメールを送ってきます。
これ、実は、フランス語にはこのままの表現が存在しないんです。
お世話になってる? なってないわ、そこまでへりくだる関係なの? 
みたいな・・・。
だから、フランス語でこの書き方をすることがまず、難しいんです。
ただ、メールや手紙の冒頭には、これに代わることばとして、
J’espère que vous allez bien.
というのがあります。非常によく使われる言葉ですね。
「おげんきでいらっしゃることと存じます」
みたいな、感じかな、ちょっと変ですね、ざっくりと訳すなら、「お元気ですか」でしょうか・・・、笑。
日本でもよく知っている相手とかには、お元気ですか、って言いますね。「おせわになっております」は実に日本的な仕事上のことば、となるわけです。

あと、絶対に無いのは、
「おつかれさまです」
なんです。
ぼくがこのサイトで書く短い文章の最初の一行がこの、おつかれさまです、ですが、無いんですよ、フランスに・・・。
実に日本人らしい気遣いですよね?
フランス人はたぶん、
「俺だって疲れているんだから、お互い様だよね」
という感じになるんじゃないか、といつもこの言葉を言いそうになる時、思わず苦笑しています。
間違えていたら、ごめんなさい。
言葉一つでも、こんなにとらえ方、考え方が違うわけですから、大変です、フランスで生きていくのは・・・。
でも、この違いをよく知ると、また違った世界が見えてくるのも事実で、
おつかれさまです。
よろしくお願いいたします。
は、相手を労う日本的ないい言葉だな、とぼくなんかは思いますし、逆に、確かに、そこまで相手に気を使う必要もないか、とフランス人の生き方の自然な感じにも同感であります。
どっちやねん、ですね・・・。
ま、いいところをよい風にとって、うまく生きているわけです。

日々のことば、「フランス語には存在しない日本語」

あとですね、
「お世話になります」
も無いですね。
フランス人からすると、奇妙な言葉、になるわけです。
そこなんですよ、この「お世話になります」というまず、最初に、自分から、相手に身を委ねるこの感覚、まったく、フランスには無いわけですね。これを訳すならざっくりと、
「メルシー」
になるのかもしれません。

国が違えば、言葉の響かせ方も違う、当たり前ですよね。ぼくのようにフランスで四半世紀も生きていると、この感覚になれるのに、一苦労しました。
最近は、両方の気持ちがよくわかる、ところに、ぼくは意味を見つけています。
そう言えば、ぼくは「熱血」とよく叫んでいますが、これも無いですよね。むかし、電子辞書にこれを英語に訳させたら、
「ホットブラッド」
と出て来て、大笑い。
相手を知り、己を知る。
世界から一日も早く戦争がなくなることを祈るばかりです。
おつかれさまでした。

日々のことば、「フランス語には存在しない日本語」

辻仁成 Art Gallery

日々のことば、「フランス語には存在しない日本語」

日々のことば、「フランス語には存在しない日本語」

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。