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自分流塾「フランス人に学ぶ気疲れしない生き方」 Posted on 2022/06/07 辻 仁成 作家 パリ

 
なぜ、くたくたになるのかというと気を遣い過ぎるからであろう。
上下関係、年功序列、男尊女卑とか、あげたらきりがない。
これらはだいたい誰かが自分の意見を他人に押し付けることから始まって、いわば、他人の人生に他人が干渉して来るから、上下関係とか、年功序列とか男尊女卑なんてものが生じるに過ぎない。
この干渉に対して、最近はパワハラとかセクハラという言葉で出てきたけど、フランスではあまり聞かないかもしれない。
なぜなんだろうと考えたら、そもそも、干渉をしない人間関係が構築されているからじゃないか、と思いついた。

例えば、社会を覗いてみると一目瞭然。
フランス語には他人を呼ぶ時に二つの言い方がある。
「vous」と「tu」だ。
あなたと君と日本語では訳せるけど、丁寧さ以外では、日本語ほどの差がない。
日本であれば目上の人や上司に「君の机の上に書類あげとくね」と部下が上司には言わないけど、フランスだと相当トップ(例えば社長)じゃない限り、こういう会話が会社内で普通にやりとりされている。
これは会社だけじゃなく、あらゆる社会で、普通のやりとりなのだ。
会話の中に、上下関係はあまり感じない。



17,8年ほど前のことだけど、映画の世界でペーペーのアシスタントの男の子がリュックベッソン監督掴まえて、「君の車、ちょっと移動させとくね、クレーンが動かせないからさ」みたいなことを言ったのを聞いたことがあって、ひゃー、凄い、と思った。
もともとフランス語の中に上下関係を排除する仕組みが備わっているのだ。
もちろん、初対面でいきなりtuは使わないが、vousからtuに変わる瞬間こそがまさにフランス的で人間的にもスマートで毎回感動させられている。

逆にいつまでもvousで話しかけられている場合は何か社会にアクセプトできない嫌な大人の面が滲んでいる証拠かもしれない。
なので、出来る上司というのはすぐにtuを公用語にして、チームワークを強固にさせている。
渡仏間際の頃は、すぐには馴染めない言葉遣いだった。それは認めないとならない。
うちによく遊びにくるニコラ君に、君呼ばわりされて、最初はムッとしていたのも確かだ。
日本人には馴染みのない会話形式なので、最初はこんな子供にも馬鹿にされて、と思うかもしれないけれど、慣れてくると、年令が開放され、ジェンダーも取っ払われたこのやりとりは素晴らしいな、と思えてくる。

自分流塾「フランス人に学ぶ気疲れしない生き方」



さて、フランス人の口癖の中に最強ストレス貯めないための魔法の言葉がある。
彼らはひとたび何か責任を押し付けられそうになると、次のような言葉を吐き出す。
まず、最初の言葉がJe n’ai pas fait exprès.(わざとやったんじゃないの)。
これは本当によく聞く。子供がガラスを割る、お父さんが怒る前に「Je n’ai pas fait exprès.」と訴えるのが普通だ。
子供が言う分にはすっごく可愛いのだけど、大の大人が自分のせいで問題を起こしておきながら、これを子供のような感じで肩を竦めながら周囲の人間に訴える場面もよく見かける。めっちゃフランスだな、と苦笑が起きる。

もう一つ、Ce n’est pas ma faute!(私のせいじゃないわ)こっちの方がよく聞くかな。
「俺のせいじゃね~よ」ってそこら中から聞こえて来る。
フランス人の常套句なのだが、責任は僕にはない、と明確に関わりを否定することから彼らは始める。
例にもれず、うちの息子もよく使う。
その時、アメリカ映画なんかでよく出てくる肩を竦めるしぐさと一緒に。
「パパ~、僕のせいじゃないでしょ? スネパマフォート!!!」手が滑ったとか、コップを拭いてないのが悪いとか、使ってる洗剤がよく滑るからいけない、とか、このガラスのマテリアルに問題があるとか、そもそも洗ったらコップは引き出しの中に片づけておくべきだ、とか、しまいには、このコップは最初から割れそうだったから嫌だったんだよ、と屁理屈になる。



フランス社会はこういう言い訳で動いていると言っても過言じゃない。
そして、この結果、導き出されるフランス人と日本人の根本的な違いは「謝罪言葉」であろう。
日本人はすぐに「ごめんなさい」を使う。
「ごめんなさい」から会話が始まることもある。
フランス人はその正反対だ。彼らは絶対に謝らない。
すいませんは「エクスキュゼモア」、ごめんなさいは「デゾレ」になるが、このデゾレはほぼ聞いたことがない。
謝ったら、それは責任を認めるということになるのだから、責任を認めないとならない場面以外では、絶対使っちゃダメ、と教わったことがある。
日本だと誠意として「まず謝っとけ」になるが、フランスは違う。

自分流塾「フランス人に学ぶ気疲れしない生き方」

渡仏後まもなくのこと、車をぶつけた、ぶつけられた? ことがあった。
僕に非はなかったがスピード違反の消防士は謝らなかった。
彼の小型車は側面が大破したので、僕が心配をして日本人的に、ごめんね、大丈夫? と口にした途端、僕は負けてしまった。
消防士が地元のスターだったせいもあるけど、みんなが口を揃えて僕を指差し、こいつ謝ったぁ、と警察に訴えたのだ。
やれやれ、いい経験となった。
それ以降の僕は絶対謝らない嫌な人間になることができた。
おかげで僕はそれ以降、責任を負わされたことは一度もない。

先日、とあるフランス人の友人によって「君はもう立派なフランス人だから、この国でやっていけるよ」と太鼓判をおされてしまった。
日本人的には「傲慢な人間」ということになるのかもしれないね。
悲しいような、嬉しいような、・・・仕方ない。
Tant pis!(トンピ)、というのがフランス語の「仕方ない」にあたる。
まあ、目くじら立てなくてもいいじゃないか。
トンピ、トンピ!
 



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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。