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「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」 Posted on 2021/02/07 辻 仁成 作家 パリ

2021年2月14日の江國香織さんとの再会を前に、2018年に、ぼくが20年ぶりに登ったフィレンツェのドゥオモに関する、面白い日記を発掘したので、ぜひ、再読してみてください。
フィレンツェのドゥオモは小説「冷静と情熱のあいだ」のぼくが書いた方の小説のメイン舞台となった場所です。
時空を超えて、…登ってみました!

 
某月某日、夜中マイナス二度だったからか、明け方から咳が出始め、熱も出て、治りかけの風邪がぶり返した。
正直、ドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)に登るのを断念するか悩んだ。
20年前の取材登頂の時もインフルエンザが治りかけだったのに無理して登って死にそうになった。
とにかく463段の石段をひたすら登り続けることは過酷の一言極まりない。
でも、順正とあおいが再会したあのクーポラにもう一度登ってみたい、僕を突き動かしているのはその思いだけだ。
ここで断念したらもしかするともう二度とチャンスは訪れないかもしれない。
20年後に生きている保証はないし、ここで登らなかったら一生後悔すると思い決意した。
そこは「花の聖母マリア教会」だから、きっとマリア様が助けてくださるに違いない。
日頃の行いには自信がある。笑。
 

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」

 
ネットで手に入れたチケットを見せてまずドゥオモの中に入る。
時間予約制になっていたので20年前よりはスムーズに入れた。
テロを警戒してか、入る時に持ち物検査などが入念になっている。
アメリカのツアー客と一緒だったので、一人だったし、彼らに混ざって行動を共にしたおかげで、アメリカ人ガイドさんの渾身の説明を聞くことが出来た。
要約すると、大聖堂は140年もの歳月をかけて建設され、さらに現在のこの姿になるまでにさらに600年がかかり、ドゥオモの高さは107メートル、世界最大の石積建築なのだそうだ。
気が付くと僕は集団の一番前にいた。
隣にいる若い女性が見慣れないアジア系の僕の顔をじっと睨んでいた。
 

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」



 
とにかく、この石の階段がいったい何の修行かと思うほどに辛い。
二度目なのでこの厳しさを知っているのと風邪なので最初から飛ばすのはやめて、コツコツ登ることにした。
これを制覇するコツはひたすら無心になることだ。
何も考えてはならない。
具合が悪くなっても引き返せないし、逃げられないし、途中下車が出来ない。
無になって登るしかない。物凄く汗が出て、ちょっと眩暈もした。
でも、ここで諦めることは出来ない。
 

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」



 
そろそろかな、と思うと、まだまだ先があり、ちょっと踊り場のようなところに出たので頂上が近いのかな、と思っても期待してはならない。
またそこから第二場の石段が始まる。時々、小さな石窓から覗くフローレンスの景色が唯一の気晴らしになる。
噴き出す汗を拭くタオルを忘れないことだ。

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」



途中で一度、大聖堂の内部に出る。見上げると「最後の審判」のフレスコ画の天井がどんと広がる。
 

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」



 
後半、ここからさらに傾斜がきつくなる。
もう助けてください、心を入れ替えますから、と心の中で叫びながら登ることになる。
そもそも螺旋の石段も急だったけど、ここからさらに勾配がいっそう急になった気がする。
手すりはその長い年月と日々世界中の人々が握りしめる汗のせいもあり、相当な滑りがある。
正直、冷静と情熱のあいだ、どころではない。順正とあおいがここを映画みたいに涼しい顔で登ったとは思えない。
でも、この螺旋の石段を登っている最中に奇跡が起きた。これは、本当に奇跡であった。

僕の咳が止まって、熱が引いたのだ。
まもなく登頂というところで気が付いた。
息が上がってゼエゼエしてはいたが、咳はもう出ていない。
汗をかいたせいかもしれないが、熱も下がっている。
マリア様のおかげだと思うのが普通だろう。
もちろん完治とはいかないけれど、でも、上に上がれば上がるほど楽になってくる。
そこから一気に僕は登った。前を歩いていたアメリカ人学生たちを追い越してどんどん登って行った。そして、ついに!
 

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」



 
あれから20年の歳月を超えて、僕は再びドゥオモのクーポラへ辿り着いたのである。
見覚えのある景色が目の前に出現した時、思わず声が出てしまった。

やった、登頂した! 

息が上がり、口を開いて必死で呼吸していたが、僕は笑っていた。
20年前のあの日に自分は戻って来た。
この場所で順正とあおいが再会をした。
本を書く前に僕はここに来て再会をイメージしたが、本が出版されてからは一度も来たことがなかった。
つまり、順正とあおいが再会したその後の世界を見ていなかった。
あの本を読んでくださった大勢の読者さんが立った場所に僕は立ちたかった。
あいにく天気が悪く、曇っていたけれど、関係ない。20年ぶりのドゥオモ登頂であった。
 

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」



 
眼下にサン・ジョヴァンニ洗礼堂が見える。
見覚えのある風景が広がっていた。
あの日の感動が20年の歳月を飛び越えて押し寄せてくる。
僕と江國さんはこの風景を眺めながら、ラストシーンを決めた。
そこに順正とあおいがいた。
彼らはここで再会を果たしたのだった。
苦しいことの先に感動が待っているという動かしがたい結末に「そうだろうな」とは思いながらも人間というものは心が動く。
現実の人生は、そんなにうまくはいかないことばかりだ。
でも逆を言えばあの小説は人が予定通りに生きることが出来ないことを分かった上で僕らは再会を果たすべくあの二人を描きだした。
それこそが人間に与えられた希望なのだと思う。
雲に覆われたクーポラの上に立ち、快晴ではなくても僕は嬉しかった。
そこに登れたことが嬉しかった。すると、目の前に若いカップルが出現した。
 

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」



「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」

 
彼らはどこからかやって来て、そこで、ドゥオモの頂上で向かい合った。
まるでたった今ここで再会を果たしたかのような感じで見つめ合っていた。
そして二人は並んで地平線の先へと視線を向けた。
あなたの後ろに作者がいるよ、と僕は言った。
あなたたちが幸せになるような世界でありますように、と作者は祈るのだった。
 

さて、江國香織さんとの地球カレッジ、近づいてきました。ミラノとフィレンツェの思い出の話しから、今日現在に至るまでの二人のそれぞれの旅がここで再び合流します。
ご興味のある皆さん、ぜひ、ご参加ください。

2月14日(日) 19:30 open 20:00 start 
江國香織 × 辻仁成 「冷静と情熱のあいだを生きる作家」

この授業に参加されたいみなさまはこちらから、どうぞ

チケットのご購入はこちらから

*定員になり次第、締め切らせていただきます。
 

「20年ぶりについに登ったドゥオモの思い出」

自分流×帝京大学

posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。