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自分流塾「失敗したら、どうする」 Posted on 2023/10/03 辻 仁成 作家 パリ

ぼくは失敗が確定したら、その瞬間に、頭を切り替えるようにしている。
これは確かに簡単なことではない。
けれども、失敗を引きずることは傷口を広げるだけで、何一つ有益なことがないことも事実なのである。
昨日、パリから300キロ離れた自分の田舎の家まで車を走らせた。
しかし、家の前で鍵を忘れたことに気が付いた。やれやれ。
気が付いて、鍵を探している間は、一瞬間、動揺をしたが、「鍵がない」ことが判明した時点で、ぼくは冷静に車をUターンさせて、パリへ戻ることを選んだ。
そこから300キロ、黙々と運転をやった。
一日の大半を失う大失敗だったが、帰り道、ぼくは次の仕事のプランを練っていた。あるいは、歌の練習もやった。
誰に文句を言ってもしょうがないことだし、人間はカッカすると逆に大きな事故を招く虞がある。禍は禍を呼ぶからだ。
失敗したら、頭を切り替え、即座に次へと向かう。これが人生の鉄則なのである。

自分流塾「失敗したら、どうする」



昔、文学賞に応募して、落選したことがあった。何度かある。
その時、悔しい、と一瞬がっかりするのは、人間だから当然である。
けれども、次の瞬間、ここまで頑張った自分を褒め、そして、そこまでできたのだから、次こそゲットしてみせると、新しい決意をしてしまう。
そうすると、失敗は、未来への期待へとかわる。これが今の自分の実力なんだ。わからせて頂けて感謝だ、しかし、次は見てろ!!!
おっしゃる通り、ポジティブになるのは、簡単ではない。
だけど、落ち込んで、もうダメだ、と腐って、そこから何が生まれよう。
ダメな時はチャンスなのだ。ダメだったという現実は自分をさらに強くさせる。
これは容易ではないのだから、もう一度気合いを入れ直して、向き合おうと思う方がよっぽど建設的というものだ。
すぐに帳面をとりだし、落選するたび、ぼくは即座に次ぎへと心を切り替えたものだった。

自分流塾「失敗したら、どうする」



失敗して、いちいち、過去を振り返っても、後悔で眠れない夜を過ごしても、失敗が覆されることはないのである。
その日は、ワインでも飲んで、音楽を聴いて、踊って騒いで寝てしまうのが一番だ。
ぼくは、いつも、失敗をした時こそ、自分が評価される、と思って創作をしてきた。
失敗から得られることは無限にある。
失敗があって、必ず、成功が生まれる。
人間関係でも、どんなに頑張っても理解してもらえない人はいくらでもいる。80億もの人間がいるのだから、しょうがない。
この人と親しくなりたい、この人に評価されたい、と思って頑張っても、さっぱり、脈の無い人はいくらでもいるではないか。
その人を振り返らせることは無駄なことだ、と悟ることも大事だ。
80億も人間がいるのだから、ここに固執する意味などはない、まだ79億以上の可能性がある、と理解できれば、そこから離れるのは難しくない。
可能性を見るめることが大事なのだ。
もちろん、これは失敗とは言えない。むしろ、経験である。
同時に、あらゆる失敗は、大いなる経験でもある。
ぼくはパリの事務所兼寝床に戻ると、まず、田舎の家の鍵を探し、さっそく鞄の中に仕舞った。
これで済んだ。
事故にもあわなかったし、ぼくはもう、すっかり気分をいれかえることができていたからだ。いつかは、こういう日が来るかもな、と思っていた失敗でもあった。
この失敗のおかげで、今後は、まず、「鍵」を鞄にしまうことから行動がはじまる。
何事も、人生に無駄はない。
失敗をして、怒りをそこで覚えず、600キロ運転をした自分を褒めてやった。
その間に、次の短編小説のアイデアも浮かんだ。
「鍵」というタイトルの小説である。
転んでも、ただでは起きるな。
そこに必ず自分を再検討させる可能性が潜んでいる。

自分流×帝京大学



posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。