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自分流塾「失敗した時、これは投資だ、と自分をなだめる。自分自身への投資家」 Posted on 2024/02/02 辻 仁成 作家 パリ

小さな投資が流行っているのだという。
1000円から投資できるという広告を動画サイトなどでよく見かける。
けれども、ぼくは投資をしたいと思ったことがない。
もっというと賭け事をしたこともない。したいと思ったことがない。
賭け事で使うお金があるならば、自分の未来に賭けたい、と思った。
同じように、投資をするなら自分に投資をしたい、と若い頃、思いついた。
そうだ、他人なんかどうなるかわからないのに、投資なんか、できるわけがない。
どの馬が優勝するかわからないし、そういうレースにお金を賭けるより、自分の未来に賭けてみたい、興奮してみたい、と若い頃に思ったのだった。
なので、賭け事にも投資にも興味を持ったことがない。
毎日、ぼくは自分に賭け続けている。
失敗した時、ぼくは自分に言うのだ。
「これは投資だ」
大失敗した時、ぼくは確かに大きな経験を手に入れてきた。
作品が大ゴケしたり、批判を浴びた時、なるほど、見えた、と思った。
だから、投資を続け甲斐があった。

自分流塾「失敗した時、これは投資だ、と自分をなだめる。自分自身への投資家」



かくしてぼくは波乱万丈な人生を生きてきた。
まだ、それは続いている、と言って過言じゃないだろう。
いい時もあったが、それは本当の意味で、いい時期、ではなかった。
悪い、最悪の時代もあったが、長い目で見ると、今のぼくにいい経験と知恵を与えてくれた意味のある時代でもあった。
十代の終わり頃、ぼくは自分に投資をしてやろう、と企んだ。
その結果、ぼくは大変な道のりを歩きだすことになった。
ぼくは自分にたくさんの短所があることをまず理解しなければならなかった。
そして、それほどの数はないが、いくつかの長所があることにも気が付くことができた。
そこに投資をしなければ、みんなの中で、埋もれてしまう、と考えた。
背も高くない、ハンサムでもない、親が大金持ちでもない、でも、ぼくは自分の長所を伸ばすことだけを考え実践してきた。誰もがやらない方法で。
うまくいかないこともかなりあったが、自分への投資はやめなかった。
投資家になって、人の成功を予言して、大金を稼ぐよりも、大成功はしないまでも、自分がその投資先になるような人生を描きたい、と思ったのだった。
そこでぼくは自分の中に眠っているだろう鉱脈を探りはじめた。
何ができるか、10代から20代にかけて、模索し、そこを開拓しはじめたのだった。
ぼくにできることは人があまり考えないような物語を作ることだった。
ぼくは夢想家だった。
「ひとなり、お前は夢想家だ。そんなんでやっていけるのか」
父から、よく、批判を受けた。
その時に、ぼくは夢想家を極めよう、それがぼくの投資先だ、と思ったものだった。

自分流塾「失敗した時、これは投資だ、と自分をなだめる。自分自身への投資家」



父は大学を出て、順風満帆、いい会社に就職をしたのだが、大きな歯車の中で、人間関係で苦しむようになり、次第に思い通りの人生を進めなくなり、リタイアした。
その直前、父はぼくにこう言った。
「ひとなり、手に技術をつけろ。人がまねできない技能を身につけろ。技術は裏切らない」
かくして、父は、ある時からぼくの生き方に投資してくれるようになった。
「とことんやりなさい」
ぼくは何度も何度も失敗をしたが、諦めることだけはしなかった。
還暦をとうに過ぎたが、ここからやっと勝負ができる、というところに今、ようやく立つことができた。
光がかすかに見えている!
年齢を考えろ、遅すぎる、という人もいるだろう。
でも、自分自身への投資を続けてきたぼくは、やっと手ごたえを感じ始めているところなのだ。やめるわけにはいかない。
怠けていたわけではない、ここまで時間が必要だったのだ。
若くして大成功をする人もいるだろう。でも、亀のように時間のかかる人もいる。
やっとだ。まさに、これから、猛ダッシュをするつもりなのである。
残りの人生の年月を計算し、いける、と思って、さらに投資をしている。
ぼくは自分への投資額を増やそうと思っている。
持っている貯金をすべてはたいて、辻仁成の株を買い増しする予定なのだ。
明るい未来というものは、実は、今、この瞬間のぼくの手の中にある。
自分に投資をする。
それこそが、人生の醍醐味なのだ。

自分流塾「失敗した時、これは投資だ、と自分をなだめる。自分自身への投資家」



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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。