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自分流塾「道に悩む、若いあなたに、我が道を行くという歩き方のススメ」 Posted on 2021/04/04 辻 仁成 作家 パリ

結論から言うと、ぼくは人と同じ道を歩かないことがいろんな意味で成功を達成する一番の方法じゃないか、と思っている。
何をもって成功と呼べばいいかわからないけれど、同じ方向を向いていても、ちょっと違ったルートを歩く、つまり、アプローチを変えることで、自分にしかできない独自のやり方を発見することが出来るのじゃないか。
独立独歩とか、英語だと「going my way」などという言葉で表現されるけど、つまり、我が道を行く、という生き方の実践である。
我が道を行くというのは、意識して回りの目を気にせず、自分の判断で独自のやり方を見つけて進んでいくということだけど、簡単そうで簡単ではない。
人と違う道を歩く時、やはり人間は臆病になるものだ。
ぼくの話しをしよう。



ぼくがミュージシャンや作家という道を歩き出した時、まず、思い切ってやったことは退路を断つという始まりであった。
みんなと同じ方法で生きていたらその中に埋もれて這い上がれなくなる、と思ったので、就職とかいう選択肢を一番最初に捨てた。
これは相当勇気がいったけど、何かを始めるときに、大事なのは人生の大決断だということはわかっていた。
自分には絶対なにがしかの才能がある、と思い込んだ。これが二点目に大事なこと。
思い込めるということが出来ない人は才能を開花させられない。
今でも思うことがある。実は見回すと、ぼくの周りにはぼくよりも才能のありそうな人がごまんといた。
センスも学歴も豊富で、いわゆる頭もいい人たちだけど、その人たちが作家やミュージシャンになれなかったのは、多分、決断と退路を断てなかったからじゃないか、と思う。
逆をいえば、みんながびびって普通の階段を登って行ったので、ぼくは裏山に回り、険しい崖をのぼって、自由業で生きる手段をつかむことが出来た。
ぼくは大学生の時に音楽をやっていたが、成城大に研音というエリートの音楽サークルがあった。ぼくはそこに入れてもらえなかった。理由はメソッドを持ってないから、ということだった。
そこで知り合ったやつに、辻、お前はめちゃくちゃなんだよ。そんなやつが歌っても、いい歌手にはなれないし、うちのクラブに場所はない、悪いこといわないから音楽やめたほうがいい、と言われた。
これはいま思えば人生最大の侮辱だった。笑。
しかし、それが大きな引き金になったのも事実だ。
そこで、ぼくは即座にバンドを結成し、自分を信じて、ソニーオーデションに応募をし、プロになった。
批判されたが、いや、絶対自分はできる、と自分を信じたので、悔しかったけど、違うルートを上ったのだ。
だけど、あそこでそいつの指摘に従って音楽を諦めていたら、ZOOもECHOESも世に出ることはなかっただろう。それだけのことである。
今でも思うことがある。もしも、あの連中が退路を断って全員が裏山から獣道を登っていたら、ぼくなんかよりももっと凄い作家やミュージシャンになっていたのじゃないか、・・・。
大事なのは最初、どこでふんぎるのか、である。



才能というのは、たぶん、自分には才能があると思えるかどうか、なので、勘違いでも思えるかどうか、が大事である。
うちの息子に「大学に行け、音楽なんんかやってると露頭に迷うぞ」と脅かしているのは、この程度の脅かしで道をあきらめるくらいでは成功はしない、ということだから、ぼくはあえて息子を試しているようなところがあるのだ。
正直、ぼくの17歳の時より今の彼のほうが圧倒的にすごい技術や才能を発揮している。
でも、もっと大事なのは、その才能を後押しする向こう見ずな意識なのだ。
つまり、第一弾ロケットがない限り、どんな優秀な火星探査機であろうとが宇宙へは飛べないということなのである。

自分流塾「道に悩む、若いあなたに、我が道を行くという歩き方のススメ」



失敗するかもしれない、ということを考えて、二の足を踏んでいるようでは、対岸までジャンプすることが出来ない。
向こう見ずというのは、落下したり、溺れることを想像することもできない無謀のことであり、勢いのことである。
これがあるかどうか、自分にまず、問いかけてみることが大事だろう。
大丈夫、絶対やれる、自分にはできる、という気持ちがあるかないかは、まず最も大事なことだ。
のめりこむ力とでもいうようなものがある人は、まず迷わない。これが実は才能の第一段階だ。
で、実はぼくなんかもそうだけど、その思い込みだけで、スタートはできるのだけど、今度はそこから人一倍の訓練とか修練とか習得というものがはじまる。
勢いだけでは進んでいかない第二段階に入り、あとはがむしゃらに進むくそ力というか馬鹿力が試される。
クレイジーでないと才能は着火しないので、どんな芸術家も、どんな表現者も、やはり、すでにあまりに他の人とは違う我が道を歩き出している。
この道の定義は難しいので、表現者の数だけあるというしかないのだけど、その大群の中のほとんどは消えていく。
残念ながら、ただの無謀、ただの勢いだけの人と本当に才能がある人とはふるいにいかけられ、区別されていくのだけど、恐れず進んでいく人間にしか、変化は訪れない。
絶対、この商品は売れると思って開発を続けていないと途方もない発明がやってこないのと一緒である。
でも、ひとたび、その商品がヒットすると、才能は後押しされ、次々に道が開けるということもある。
枯渇というのもあるけれど、のめりこんでいる人は枯渇したことにさえ気づかないことが多い。ぼくなんか最初から枯渇しているけれど、60歳までこんな人生を生きてしまったので、もはや、普通に生きるということが何か、わからなくなっている。



まだ若いあなたにぼくが言えることは、人と違う人生を生きることは恐ろしいことかもしれない。でも、同じ道を歩んでいればそこに埋没して、自分の良さを出せなくなるのだから、それじゃあ、嫌だと思う人は、我が道を探す生き方にシフトしていくのがいいだろう。
それは向こう見ずな力、のめりこむ力、くそ力、などを持つことであり、何よりも一度しかない人生をチャレンジさせる柔軟な頭を持つということに他ならない。
みんなと違う道を歩くことを恐れない時、あなたはあなたにしかできない何かを手に入れることが出来るのだ。

自分流塾「道に悩む、若いあなたに、我が道を行くという歩き方のススメ」

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。