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自分流塾「苦しい時にこそ、楽しいことをやる」 Posted on 2022/10/16 辻 仁成 作家 パリ

もしも今、気分が上がらず、何をやってもうまくいかず、暗い状態にあるならば、それを打開するための方法がある。
そういう時はとにかく、好きなことをやるべし。
好きなことをどんどん見つけて、そこへ固執していくのだ。
何もしないで落ち込むから人間は負のスパイラルへと落ちていく。
それを食い止めないとならない。そのためには気分を変えないとならない。
その方法は、好きなことをして、自分の機嫌をアップさせていくことだ。
好きなことがあるなら、そこが突破口になる。
いったん、暗いことや悲しいことなど自分の気分を落とすものから目をそらし、自分が打ち込める好きなことへと没頭すること。
なんでもいいから、好きなことにのめりこもう。
それも一つである必要はない。好きなことを総動員させよう。
これは楽しい、これが好きだ、あれをやってみたい、と思うものへ自分を傾斜させていく。嫌なことから逃避して、好きなことをやって気分をあげていくのがよい。
そこにのめりこんで、わくわくすればいい。

自分流塾「苦しい時にこそ、楽しいことをやる」



たとえば、ぼくの場合、2020年、コロナなどが原因で映画が完璧に撮影できなくなった。
何年もかけて準備してきた仕事だったが、どうしようもなくなった。
フランスは全土でロックダウンの最中だった。
これでぼくは落ち込み、心を病んで、鬱っぽくなった。
これじゃあいかん、と思って、ぼくは大好きな音楽へと逃げた。
いったん、映画のことは忘れて、ギターを持って、歌いだした。
気分が少しあがった。とにかく、好きな音楽は心にも身体にもいいエネルギーを持ち込んできた。
コロナだったけれど、オンラインでライブをやった。セーヌ川に浮かぶ船のライブは実に画期的なことであった。わくわくした。
そこにのめりこんだ。そのことで、辛い映画の現実からいったん、逃げ出すことが出来たのだ。
音楽をどんどん推し進めていった。ぼくは元気になった。
映画はダメになったが、好きな料理に没頭し、音楽を続けていたら、停滞していた映画が再びむくむくと動きだしたのである。
ある日、誰かから、その知らせが舞い込んだ。
もう一度、メガホンをもって貰えないか、というのである。
ぼくは好きなことを追求して元気だったから、映画の話が奇跡的に戻ってきた時、それを引き受ける精神的な余裕があった。
もちろん、やりましょう、ということになった。
今、ぼくはまた映画の撮影をやっている。3年ぶりの撮影である。

自分流塾「苦しい時にこそ、楽しいことをやる」



日本には古くから、「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざがある。
欲を出して同時に二つのことをうまくやろうとすると、結局はどちらも失敗することのたとえだが、ぼくは違うことわざを開発した。
「幾兎も追う者が真の一兎を得る」がぼくの新解釈である。
好きなことはいくつも走らせておくのがいい。いくつものレールを同時に走らせておく。それも、大事なことは、どのレールも好きなレールでなければいけない。
その一つが廃線になっても、他を動かせば遠くに行ける。
一本しか線路がなければ、それがダメになったら、もう、おしまいになる。ここで大事なことは、好きなことを追求する、ことだ。
なんでもかんでも、中途半端にやってもダメだが、好きなことでのめり込んでいれば、気分があがり、楽しくなり、楽しければどこからともなくエネルギーが沸き上がって来て、運気もあがる、という仕組みである。
自分が落ち込んでいたら、うまくいくものもうまくいかない。
なんだか、調子のいい話だな、と思う人もいるだろう。しかし、誰の人生だろう? 人からとやかく言われても、その人は自分を救ってくれることはない。
自分の力で自分の人生を盛り上げていかないとならないのだ。何本もレールを走らせておくことは決して悪いことじゃない。
好きなことをたくさんもって、一度しかない人生をしゃぶり尽くして生きること、それに限る。
もう一つ、いいことわざがある。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」だ。
がんがん、ぶっ飛ばしていこう。楽しんで生きていこう。そのための方法を貪欲に考える権利が人間にはある。

自分流塾「苦しい時にこそ、楽しいことをやる」



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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。