日々のことば
自分流・日々のことば「性善説か、性悪説か」 Posted on 2025/06/08 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
ぼくはサブスクでラジオをやっているのですが、そこに
「性善説と性悪説について、辻さんはどうお考えですか?」
という質問が飛び込んできました。おっと~。
こういう質問にこたえるというラジオなんです。
これは、なかなか難しい質問でしたが、個人的には普段からよく考えていたことでもありました。
人間のはじまりって、なんなんだろう・・・。
性善説は中国の儒学者の孟子が唱えた説で、人間の本性は本来「善」なのじゃ、というものですね。
生まれつき悪い人間なんかおらん、みんな善をもってこの世に出てくる、と。
で、そこから悪が生まれる理由を孟子は「環境や社会の影響で本来の善の心がゆがめられるからじゃ」と説明しています。
だから教育の現場では、人間がもともと持っていた(いる)、善の心を引き出すことにつとめなさい、となるわけです。
それに対し、性悪説というのがありますが、孟子とは真逆な考えを持った儒学者で荀子という人が提唱したものなんですが、人間は本来「悪」の心を持って生まれて来たのだ、と・・・。
なるほど。
人間というのはそもそもわがままで、自分勝手で、 利己的で、だから、欲望に支配されやすく、そういう人間がいるから、秩序が乱れるのじゃ、という教えですね。
確かに、その通りですよねー。
荀子「じゃあ、なぜ善を持つ人間がいるのか」という問いかけに、人間が成長の過程で様々な角度から学び、礼儀を持つようになり、善の意味を理解するようになる、とこたえたのです。
だから学校や家庭ではこの悪の心を抑え込むように学ばせる、つまり、しっかりと指導することが大事だ、と説いています。
よく先生に怒られたぼくは、頷くしかありません。
まったく、異なる意見なんですよね、性善説と性悪説。
しかし・・・。
実は近年、この二つを混ぜ合わせたような新しい考え方で出てきたようです。
それが性可塑説(せいかそせつ)と呼ばれているものです。
人間の本性は善でも悪でもなく、環境や教育、経験によって変わるのだ、というものですね。
※ 哲学的説明・教育論・心理学・社会的支援分野などで使用されることがある、どうやら、便宜的表現のようで、誰かが唱えたというものではないようです。便宜的に教育現場などで使われている段階、というのでしょうか、逆に、面白かったので、その考えをここに引っ張ってきました。
「可塑」(かそ)ということばをもう少し説明しますと、本当の意味は「もとに戻らない」という意味で、弾力の反対に位置する表現ですが、心理・教育における「可塑性」は変わりうる可能性と捉えられているようです。ちょっと矛盾するんですが、でも、跳ね返す弾力の反対だから、受け入れ変化する、となりますね。
「形を変えられる」「柔軟に変化できる」という心の可塑性は、経験によって考え方や価値観が変わることを意味している、と。
形を変えることができる性質。外からの力や影響によって柔軟に形や状態を変えられること、としてこのことばが使われているようです。
粘土を創造するとわかりやすいですね。
外からの力や状況によって姿が変わる性質というのでしょうか。
☆
つまり、人間は生まれつき、善とか、悪ではなく、そのどちらでもない中立な存在なのだ、と、だから、人生によって、粘度みたいに形を作る(変える)ことが出来るのだ、と。
人間の本性は「未完成」なのだ、ということのようです。
ぼくは自分のことを「未熟者です」とよく言います。いや、まさに、永遠の未熟者なんです。
思えば、完成された人間にあまり会ったことはありません。
大昔に経験したことですが、とっても偉い校長先生が生徒の前で赤ん坊のように泣いたことがありましたが、どんなに偉い人でも人間ですから、このように、未完成なんです。
性可塑説は「人は中立的に生まれてきて、しかし、育ち方次第で良くも悪くもなる」という現代的かつバランスの取れた立場をとっており、これはきっと、人の可能性や変化を信じる考え方なんでしょうね。
便宜上に位置付けられた新しい解釈にしては、まとを得ているように思います。
逆に、そう言われて、ちょっと安心したりもします。
頭から「善」だ「悪」だと決めつけられたらやっていけませんわな。
うるさい、黙ってろ、と言いたくなります。
なんでそんなこと、他人に言われないとならないんだって、性根のねじ曲がって生まれてきたぼくなんかは思うんですわ。
人の可能性や変化を信じることが大事だって言われると、ありがたい、と思いますね。
現代の先生たちは、そうやって、教育現場で子供たちと向き合っているのかもしれません。
チャンスがあるわけです。未熟者のぼくでも、まだ、まだ、精進をすれば道が開けるということになります。
よかった、よかった。ここまで書いて、一番安心したのは、悪の権化、辻仁成かもしれません。
☆
はい、みなさん、というわけですから、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。
今日のひとこと。
「切に生きる」
「ぼくはどっち? 性善、性悪? ううう」
お知らせです。
web版の辻仁成美術館が開館しましたよ。
下のURLをクリックください。画質的には、パソコンで入場していただくと、より美しい映像をお愉しみいただけます。
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https://tsuji-art.com/
※ 現在、2026年1月の展覧会まで、公開中となります。
展覧会のお知らせ。
・辻仁成の個展開催
7月9日から、三越日本橋本店、コンテンポラリーギャラリーで、※ 初日、7月9日だけ、混雑をさけるために、入場抽選があります。それに関して、以下のURLからご確認ください。
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https://www.mistore.jp/store/nihombashi/shops/art/art/shopnews_list/shopnews0696.html
☆
7月23日から、岡山天満屋本店美術画廊にて。
10月13日から、パリ、マレ地区にある画廊、20THORIGNYで2週間、開催いたします。出没しますよ!
・日々のことばを、生放送ラジオで、ツジビルは毎月3回、5の付く日にオンエアー中。
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posted by 辻 仁成
辻 仁成
▷記事一覧Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。