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社会の中で輝ける人材育成を目指し Posted on 2020/10/22 辻 仁成 作家 パリ

帝京大学は教育理念である「自分流」のもと、教育指針「実学」「国際性」「開放性」の実践により社会の変化に埋もれない、広く社会に貢献できる人材の育成に取り組んでいます。
スポーツという華やかな世界で輝く人たち。その一方で裏方の世界でコツコツと研究開発に取り組む人たちがいます。持って生まれた自分の個性を生かし、世界に出ていこうとする若者たちの姿に未来への希望を感じました。そこには彼らの背中を押す「自分流」が確かに育っていました。
予測できない社会変化の中で自分を生かし、力強く今を生き抜くために、未来を見据えた新たな取り組みなど、今後の大学経営について冲永理事長にお話を伺いました。
 
 
根気強く続けさせていく環境を作るということは大学の使命だと思う。
 
 
 いろんなスポーツ選手がよくパリに来るんですよ。パリに来ると連絡が来て会ったりするんですけど、その時にぼくがよく感じるのは、日本の選手たちが持っている国際感覚の豊かさなんです。彼らが持っている国際感覚っていうのはスポーツだけに限らず、ビジネスだったり、文化だったりにもものすごく大きな影響を与えているような気がしますね。サッカーの長谷部誠選手は物凄く本をすごく読むし、岡崎慎司選手はすごく感受性と洞察力に優れた方なんですよね。サッカー選手やラグビー選手たちが持っているその感覚が、そして、さまざまなスポーツ選手たちが持っているその感覚が、今、日本を大きく変えようとしている。海外で活躍する日本の選手たちが若い世代の人たちに国際感覚を自然体で教えているような気がしますね。

冲永佳史氏(以下、「冲永」敬称略) ご存知かもしれませんけども、スポーツ界も色々と課題も抱える中で、サッカーなんかは近年ではいわゆるプロチームのユースとかたくさんできて、そこが青少年の教育等も頭に入れながら選手育成をし始めているということはとても大きなことで、いわゆる前の日本のサッカー選手の育成システムとはだいぶ大きく変わってきているというのが見えますよね。やはりプロ選手として活躍する上でもそうですし、あるいは、この世界は競争も激しいですから、必ずしもプロ選手として活躍できない人もいますし、あるいは一線から外れるということもありますし、選手生命もそんなに長いわけではないわけですから、当然それも受け入れないとならないわけです。その中でも自分を見失うことなく、自分の役割はなんなのかということを積極的に考えながら立ち振る舞えるという精神力、あるいは新しいことをきちんと学んでいく謙虚さ、いい意味での自信、その辺がバランスよく備わっていないと自立できないですよね。だから日本のスポーツ選手の育成システム自体がやはりどんどん変わってきてますし、それを徹底的に続けて欲しいなあ、と思いますね。そんな中で、やはり学校とか大学などが関わっていかなくてはならない部分がたくさんあって、ラグビー部もそうですし、他の強化クラブもしかり、あるいは小・中学校や高等学校で行っている各クラブの活動の形態もそうですし、もちろん普段の勉学を含めた授業のあり方もそうですけど、その辺もきっちりと維持向上させていかないといけないな、という問題意識を改めて持っています。
 

社会の中で輝ける人材育成を目指し

 この連載、今回がひとまずの最終回になりますが、少しロボット工学の話も伺いたいのですが。「ワールド・ロボット・オリンピアアード」でしたか? 宇都宮キャンパスの「ロボラボ」のチームが世界大会WRO2017inコスタリカで世界3位に入賞したと聞きましたが、素晴らしいですよね。帝京大学では工学系の若い人たちもかなり頑張っていますね。彼らもまた自分たちの力で世界に出て行こうとしている。

冲永 そうですね。他流試合は必要ですし、競技のルールは決まっているのですが、どう攻めてくるか、というのはそれぞれのチームの特徴が出てくるんですよ。チームワークもしかりですし、その違いを経験して欲しいということと、もう一つにはやはり同じ工学系を学んでいる仲間が世界中にいると、そういう人たちと、それぞれが持っているやりたいこともそうですし、技術的なこともそうですし、その辺を積極的に意見交換をすることで、自分の技術的スキルから、何を本当に作っていきたいかということを改めて明らかにしていく、という活動につなげて欲しいと思いますね。

 ぼくはこの宇都宮キャンパスの工学系クラブの子たちの活躍がすごく興味を持ったんです。なぜかというと、やはり今の子たちはもちろんスポーツなどで輝ける子たちもたくさん生まれているのですが、一方で裏方でコツコツと研究開発をしたり、エンジニアとして、飛行機を飛ばすために機体一つの車輪を綺麗に直したり、機体の翼の部分に一生懸命精力を傾けたり、チタンの合金を考えたりとか、そういう一見地味な仕事にも成果を出している。ラグビーのような華やかな世界とは違いますが、着実に日本の工学の世界で存在感を示してきています。

冲永 そうですね。技術開発って本当に地味なところをきちんと押さえていかないと駄目なんですよ。それはもう根気もいりますし、当然新しい発想も必要ですが。新しい発想とその積み上げっていうのがどれほどの割合かというと、やはり積み上げがかなり重要なんですよね。だからそれに耐えられる精神力といったら古めかしいですが、とても重要です。そして、それを喚起させるための環境が絶対必要で、若い時にそういうことを経験するとある程度継続するようになるんですよ。でもまたその一方で継続させるためにも常に違う地点から自分を見る、あるいは技術的な面も違う角度から捉えて見るというそういう目が必要であって、それをなくすとタコツボ化してしまって。技術を突き詰めるとかなり狭い領域を攻めていかないといけないのは確かなんですが、それを攻める上でも、それこそズームアウトして見るとか、違う角度から見るっていうことが絶対に必要で、そうするとまた違う発想の元にソリューションが出てくるということも当然ありますし、あるいは技術系ですと他の技術と組み合わせて作っていかないといけないというプロセスも大量に存在するので、他の人との意見交換などをからめて、どうやったらこれを具現化できるかということをロジカルに語りながら、でも一方でそれぞれの思いを相互作用させながら作っていくということが求められるので、針の穴をつく目と、もう少しズームアウトしてみる目が必要なんですよね。エンジニアを育成する教育システムとはそこを大事にしならがやっていかないといけないと強く思うんですよ。
 

社会の中で輝ける人材育成を目指し

※上:世界大会WRO2017inコスタリカで世界3位入賞した、宇都宮キャンパスの「ロボラボ」のチーム。
※下:宇都宮キャンパスンの格納庫では、工学系クラブが飛行機製作にも取り組む。
 

社会の中で輝ける人材育成を目指し

 根気強く続けさせていく環境を作るということは、大学の使命だと思うので、そういう意味でぼくは工学系のこの子たちの活躍もすごく期待しているわけです。
では、最後になりますが、1966年に文学部と経済学部から始まった大学が医学部もできて、どんどん大きくなってきましたが、今後、この大学内で新しく始めたいと思うこと、計画されていることなどがあれば、その辺のお話を最後に聞かせてください。

冲永 先のスポーツ系の話に戻ってしまいますが、大学院課程を充実させて、今、強化クラブ等をサポートしているスポーツ医科学センターというのがあるんですが、ここがセンターとして独立しながらも医学部との連携が良く出来ていて、各強化クラブと連携しながら選手のトレーニングやコンデションを見たりしているんです。

 それは新しいビジネスになりますね。

冲永 怪我した時のケア、深刻な場合は即、帝京大学附属病院で診察できるというそういう連携も取れているのですが、このような活動をしながら研究もしているスタッフがいます。そういうスタッフの力も借りて、本学には医療技術学部スポーツ医療学科というのがあるんですが、そこの学生たちはトレーナーだとかあるいはスポーツビジネスですね、将来はそういう関係の仕事に就く人たちを主に養成しているんですが、今後やはりスポーツ領域もいろんな新しいものが出てきますので、キャッチアップして使いこなせるようにして、あるいはその開発に携わっていく人材が必要ですから、そういう人たちが大学院課程で学ぶことができるように、新しい大学院課程を作っていきます。

 スポーツに関係した大学院ですね。

冲永 そうです。そこがスポーツ医科学センターとタイアップして、医学部に附属病院があるように、スポーツに関わるそういう高度なスタッフの養成課程にスポーツ医学センターがあるというような形で、実習施設兼研究とかあるいは実際にスポーツ選手をケアすることを通して、スキルをよりレベルアップしていくようなことを考えています。当然、スポーツ医学センター自体も本学の強化クラブのサポートのみならず、外部のプロ選手だとかプロ球団等と契約を結んで、そのサポートに当たるとかそういうものもしていきたいですね。

 マネージメントやビジネスにも関わっていくということですか?

冲永 そういうものも一部始まっているのですが、このようなこともセンターの役割になっています。我々はそういう医学とかある程度の最先端の研究成果をすぐにフィードバックできるセンターを持っていますので、そこを活用して、ビジネスにしていきたいと。

 それは素晴らしいですね。
 

社会の中で輝ける人材育成を目指し

※スポーツ医科学センター外観

 
冲永 世の中の人々にとって信用できる知が集まる場所が大学である、と考えています。本学の場合はたとえば八王子キャンパスにある医療技術学部と経済学部によるスポーツビジネスの研究など、同じキャンパス内にある学部間での連携は進んでいますが、全学的な連携にはまだ課題があります。そこで学内の研究者がコラボレーションするきっかけ作りの場として「研究交流シンポジウム」を開催しているのですが、実は2021年4月に既存の研究所やセンターを束ねる位置付けの「先端総合研究機構」というものを正式に発足させることになりました。

 先端総合研究機構? それはどのようなものでしょうか?

冲永 ここには本学の特徴ある研究領域を6部門まず設けますが、同機構の発足により、学内にある研究シーズやニーズと外部のシーズやニーズとの連携を全学的・組織的に推進し、その知見をさまざまな社会問題の解決に役立たせることなどを目的とする組織づくりです。連携のキーワードとしては「AI」と「ヒューマニティー」。進化の速度を増す科学技術の中でも核となる分野の価値を高めるAIと、技術発展とは切り離せない倫理的な問題を扱う「ヒューマニティー」を軸に内外の研究を結びつけ、特色ある研究分野を作り、機構は全学的な視点での研究の質保証や若手研究者の育成をしていく。そのためにも研究者が持てる力を存分に発揮できる環境作りが必要ですし、これからの研究育成では、他の研究者と交流し、研究の幅を広げていくことが知を生み出す原動力にもなりますから、育成面からもコラボレーションを推進していきたいと考えています。同機構の設立により本学はますます研究力を高め、広く社会貢献することをめざし、世界の中での本学の存在感をさらに高めていきたいと思います。

 ぼくも帝京大学の一特任の教授として、そのフィールドの中で何か時代を動かせるような面白い研究や作品制作などを学生の諸君とともに残していければと思っています。大変興味深い未来のあるお話を長きにわたり、ありがとうございました。

 

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posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。