ノルマンディ、ツジ村便り
辻村相談窓口、「介護の現場からの声」 Posted on 2026/07/31 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
今日は、投稿のご相談ではなく、たまたま知人たちの集いの席で、この「相談窓口」的なやりとりがあり、その中で、そこにいた数人の会社員の皆さんと議論になって、ぼくが、その中でも恰幅のいい紳士のOさんに、
「Oさんは、人生において何か悩みごとないんですか?」
と投げかけたのが今日の議題のきっかけです。
「ないですね、まったく悩みはないです」
Oさんはきっぱりと返してきました。ぼくは、そうかな、と疑念を持ったんです。悩みのない人間っているかもしれませんが、まったくない、というのは、ぼくらが初対面でもあるからの表面的な反応だった可能性もあるので、ほんとうにないですか、と問い詰めていったんです。そしたら、少しして、
「いや、正確にいえばあります」
と戻ってきました。Oさんは介護の仕事に携わっておられました。
「ほー、出てきましたね、それはなんですか?」
「それは、つまり、介護施設とかリハビリの病院って、身体に悪いものはぜったいに食べさせない、やっちゃいけないことは徹底的にやらせない、つまり、規則で患者さんたちを縛ることを由しとしています。でも、ながらく介護の仕事に携わっていると、それが本当に回答なのか、分からなくなっているのも事実で、厳しい規律で皆さんを束縛していまうことに、若干、疑問を感じているのが、ま、たぶん、悩みなんです」
この悩み事に、周囲はどよめきました。正解を信じて働いているのに、でも、もしかしたら、解決策はいくらか別の方角にあるのかもしれない、という当事者さんたちからの意見だったわけです。ぼくは膝を叩き、
「あるじゃないですか! 素晴らしい悩みが」
と返したのです。
はい、ということで、今日の相談は、匿名希望Oさんからのご相談です。
「これが当たり前と決めつけられた世の中で、そこに疑問を感じた時、どう判断し、行動するのがいいのでしょう?」

おこたえしまーす。
☆
「人生に正解はないんじゃないか、と思います。そして、Oさん、あなたがよくよく考えたら、本質のところで実は大きな問題があったことに、気が付けた、気が付いていたことを思い出せた、しかもそれは、個人的な悩みではなかったかもしれませんが、実は、人生においては大きな引っ掛かりの一つだった、わけで、そのことをみんなで議論出来たことは、素晴らしいことでしたね。悩みがない、という最初の発言の時、それはたぶん、自分の人生そのものには直接的に影響はないように見えて、実は、最も大事な問題を見逃していた、ということかな、と思います。悩みとか、苦しみというのを人間は見ないようにしている時って、あるんですよね。本当はとっても大事なことなのに、気づいているのに、深く掘り下げないようなこと。でも、実はそういうことから逃げずに考えることが、長い人生においては大事だったりします。Oさんのこの悩みの背景には、老人社会の中で、行き場を決められてしまっている人たちがものすごくいることを、現場は気が付いているのに、通例の中で動かせずにいた、ということでもありますし、この問題の根に、光を届けるものでもありました。ここは掘り下げる必要があると思います。ぼくの母も、昨日、やっと退院が出来たんですが、そのリハビリ生活の中で、やはり、「自宅に戻りたい」と言い続けていました。人間一人を、風呂に入れるだけでも、重くて、これは相当に困難な作業なんです。自宅に戻られても、風呂にさえ入れさせてあげることが出来ないのが、高齢化社会の問題の根幹です。やはり、介護のプロがいないと生活さえもままならない方々がたくさんいるのが、実際なんです。でも、その方々が、施設や病院で、これはダメこれもダメ、というだけでは人間性の本質に光が届き難くなります。親が向かう人生の先に死があるにしても、その死までの道のりをその人たちが、自分たちである程度決められるような可能性を、介護の現場で日々闘っているOさんのような人から、悩みとして聞くことが出来て、ぼくは、逆に、光を見たような気になりました。そして、介護やリハビリという、ある種の仕事の中でも、そのルーティンからさらなる可能性を引き出したいと気が付く人もいるんだ、ということが分かって、安堵が浮かびました。その小さな、着目が、次の大きな変化を生むような気がします。素晴らしい悩み、という枠があるかわかりませんが、現場の真摯な声でもありましたね。この問題、みんなで考えていく必要があると思うのです。ぼくは弟といつもこの問題を議論していますが、最後はいつも、あのさ、これは母の人生だからね、母が生きたい方法を生きさせてあげたいね、と言い合っているんです。親が子を産むんですが、子はその親の死を決めないとならない場合もある、ということです」

父ちゃんの独り言、&、近況のようなもの。
実は、ぼくの母ちゃん、退院したんです。この件については、近々、日記で書かせてもらいますね。やはり、老いても生きる、ということが、人間にとって切実になっているんだな、と思わされました。今、ぼくと弟は、母の残りの人生を出来るだけ母に寄り添ってイメージしているところです。
☆
はい、そして、
いよいよ、個展が目のまえに近づいてまいりました。もう、すぐですね。五日後です。すべての準備は終わっています。このあと、作品が三越日本橋本店に搬入され、展示されるというわけです。63点のぼくの作品たちに、どんな意見が出るのか、楽しみでなりません。あと、五日後なんです。五日後!!!! おおおお、来たな~。えいえいおー。





