PANORAMA STORIES

次々に人生というものは動き出す、電柱作戦 Posted on 2026/08/16 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
ちょっと不思議な出来事が起こりまして、嘘のような本当の話なので、「これからのぼく」、について、とっても重要なことですから、順序だって、説明をしたいと思います。お付き合いください。
個展が終わり、大阪出張のあとのこと・・・。
集英社オンラインというウェブの取材を受けたんです。9月4日に発売される拙著「泡」の取材で、インタビューアーはぼくの担当編集者、鯉沼さんでした。
鯉沼さんは拙著「日付変更線」を担当された方で、もう、長いお付き合いです。
担当編集者だからインタビューも結構深いことを話し合いました。でも、なぜデザインストーリーズやエックスで連載をしたのか、というところが、実に、面白い話になりましてね、その本質部分については、どうぞ、集英社オンラインが出たら、ぜひ読んでもらいたいのですが、要は、ぼくはエックスの皆さんの反応などもけっこう参考にさせてもらっていたわけです。ゲリラ連載でしたから・・・。

鯉沼さんは連載が中盤に差し掛かった頃に、ぼくから出版化の依頼をして、快諾してもらいましたが、最初からこれにかかわっていたわけではありません。
この小説は、作家ってなんだ、自分のコピーだけの作家でいいのか、自分の中で革命を起こしたい、などという小説家としての苦悩の中から出た、冒険、だったのです。
予定調和な作家になりたくなくて、無軌道な執筆で自分がどこまで新しいチャレンジが出来るか、試すための、小説、でもあったのです。
だから、プロットもないし、着地点なんか、決まっていません。登場実物も連載当初は、しゅうとアカリだけ、で、途中から、モンスターたちが湧き出てきた、という感じです。
だから、SNSでの反響は、ものすごく参考にさせてもらったのです。
もっとも、読者が、こうしてほしい、という意見(たとえば、しゅうを助けてあげて、とか)があると、ことごとく裏切ることをやらせてもらい、ドキドキハラハラを、リアルに受け止め仕込んで楽しみました。

さて、少年サンデーの編集長を13年もやった男がいまして、市原さんといいますが、この人とは絵とノルマンディがご縁で、連載開始より少し前に知り合い、親しくなり、連載が始まると、彼からは毎日のように長文の感想文が届くようになるのです。しかし、その感想文は、連載初日から最終話まで、ずっと続きました。ぼくにとっては、灯台のような感想文でしたね。
いつしか、ぼくはその感想文をことごとく裏切ることがこの作品の成功のカギだと思うようになるのです。予定調和にならない、化け物のような小説を書いてみたい。読者が望む方には絶対いかず、まずは、明日の最新小説で、市原氏を驚かせよう、と思うのが、日々の楽しみになりました。
でも、最終的に、読者が興奮するラストを探してみよう、とも、心の片隅にはおいてあったわけです・・・。
これは最終話まで、続き、市原さんは、最後に、ブラボーと言ってくれたので、ぼくは出版化してみたい、と思うようになりました。
集英社の鯉沼さんにもこの市原レターの存在について話し、連載終了後からは、鯉沼さんとの二人三脚で、リライトがスタートするんです。そうすですね、半年は、かかりました。
最初は、能天気な大都会で生きるカップルの青春小説なのですが、次第に、一筋縄ではいかない謎や小説的なしかけが複雑に絡みあうことになりまして、その事実関係の調査などに、膨大な時間がかかりました。特に、修復士に関するくだり、警察刑事課のくだり、複数人格者のくだり、などなど・・・。

さて、昨日のことです。
赤坂の焼き鳥屋さんで、ぼくはぼくの海外版権を扱うエージェント、タトルモリの森さんと今後のことを話し合っていたんです。世間話が中心でしたが、現在、スペインでの出版を控えているので、そういう情報交換から、アメリカやイギリスの出版事情など幅広い話が出来ました。
で、当然、最新刊はありますか、と聞かれ、泡のことを話したんです。

次々に人生というものは動き出す、電柱作戦



「ま、はじまりは、楽天的な若者のコミカルな青春小説風の展開なので、海外で受けるかどうか、わかりません」
森さんはクールな人なので、そうですか、という感じでそれほど強くくいついてきませんでした。今、彼がぼくの作品でせっきょく的に関心を寄せているのは「ダリア」という作品や「海峡の光」なんです。それとはかけ離れた小説ですよ、殴り合いもあれば、歌舞伎町やトー横みたいな都市が舞台の今時の物語ですからね、と珍しく強く自分から推薦をすることはしませんでした。
でも、集英社で出版される、と話しましたら、鯉沼さんと森さんはとっても仲が良く、気が合う関係だ、ということが不意に話の中に出て来て、じゃあ、鯉沼さんからゲラを貰います、と、なりました。
「いいですね。まずは先入観無しで、読んでみてください」
そのあと、焼き鳥を食べながら、タトルさんって純文学だけしかやらないの、と訊いてみたところ、漫画も世界に発信していると言い出し、代表作は? とたずねましたら、
「ダレン・シャン」
と言われたのです。イギリスの小説家で、漫画化されて世界的にヒットしました。児童文学で、ハリーポッター的な要素がある、と誰かが言ってました。ぼくは読んだことがありません。ごめんなさい。
でも、このタイトル、前に聞いたことあるな、と思い、元サンデー編集長の市原さんに、ダレン・シャンのコミカライズって、あなたじゃなかったか、とラインしたら、そうでした。市原さんが20代のころに、彼が企画し、担当をした作品だったのです。現在、50代・・・。笑。森さんもぼくもびっくりして、これまでの市原さんとのつながりを森さんに話したところ、
「ぜひ、泡を読みたい」
と言い出したわけです。笑。
でも、この話はここでは終わりません。

次々に人生というものは動き出す、電柱作戦



で、実は、今「泡」のコミカライズを市原さんがプロデューサーの一翼を担われ、画策されているんです。まだ、具体的な漫画家は決まってないんですが、それと、コミカライズって何年もかかるのが普通らしく、ぼくはでも、これまでの経緯から彼に預けているところでした。
今の漫画界って、ぼくの息子くらいの子たちが主力なんだそうで、その子たちの中から、この「泡」世界を描ける次世代の漫画家を探し出すのが市原さんたちの今の仕事でもあるようです。
でも「ダレン・シャン」で繋がった森さんは、「泡」への関心を持ってくれるようになりました。
「辻さん、必ず、読んで返事をします」
「あまり期待しないでください。ぼくにとってはかなり実験的な小説ですから。海外ではむかない、と思われたら、ばっさり切り捨ててくださいね」
こういう話をして、その店を出たんですが、大雨でした。傘をさし、メールをチェックしたんです。ぼくは、いつも傘をさしてからメールをチェックする癖があります。
そしたら、一本のメールが入っていたんです。

次々に人生というものは動き出す、電柱作戦



それはタトルモリの中国圏担当の劉さんからでした。
「辻先生、台湾の出版社、圓神出版社さんから先生の小説の『泡』の出版化打診が届いております。この件をすすめてよろしいか、ご意向をお待ちしています」
ぼくが振り返ると、坂道を登っていく森さんの後ろ姿が見えました。
大阪からとんぼがえりして、からの、まさに、これです。
個展が終わり、ぼくは9月4日に出版される小説「泡」に向かわないとならない、というわけです。 傘を少しどけて、空を見上げました。雨があがっていて、遠くに怪しい雲の割れ目が見えたのです。一瞬でしたが、月のおぼろな姿が見えました。
鏡花水月ですね。
ということで、ここから、9月の頭まで、また、ぼくは一生懸命、走ることになりそうです。泡について語らないとならないことは山ほどあります。小説「泡」と個展「鏡花水月」には交差する大きな共通点があるから、・・・。
人生はつねに、一つ目の電柱まで頑張ってすすみ、そこの目標が達成されたら、次の電柱を目指すという具合に、「人生電柱作戦の法則」というのがありましたね、生かされている証拠のような人生の大車輪をここからまた漕ぎ出そうという父ちゃんなのでありました。
ご清聴ありがとうございます。
えいえいおー。

次々に人生というものは動き出す、電柱作戦

※ ぼくの絵が表紙になりあした。個展「鏡花水月」に出展した作品ですね。わかります?

次々に人生というものは動き出す、電柱作戦

次々に人生というものは動き出す、電柱作戦

辻仁成 Art Gallery
帝京×パリ・オンラインアートカレッジ



Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。