ノルマンディ、ツジ村便り

辻村相談窓口、「本望」 Posted on 2026/08/19 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
さっそく、相談窓口を開店させて頂きます。
今日は、
☆匿名希望Kさん
「母が辻さんのファンで、自分もすすめられていつしかこの相談窓口を読むようになりました。その、読んでいるうち、辻さんのイメージがそれまでのと変わって、最近は、過去作などを読み漁っているような30代の男です。実は自分も何かやってやりたい、という強い気持ちはあるんですが、
どうしても、踏み出せず、安定的、といってもたいした役職ではありませんが、それなりの生活が出来ているので、独立してチャレンジするまでには至っておりません。でも、やりたいことはあるし、うまくいけば当たると思ってはいるんですが、いかんせん、勇気と経験がないので、二の足を踏んでいるところです。
そこで、何か、背中をおしてもらえるような言葉を頂きたいのです。辻さんは、いろいろな
ことを次々挑戦され、「そのせいで、よく叩かれる」、と語られておられますが、
批判をもろともしないでやりきれている心の在り方を知りたいです。たぶん、僕は人に批判されるのが怖いのもあります。具体的なアドバイスがほしいんです。よろしくお願いします。ちなみに、母は、僕が子供のころ、「そこにぼくはいた」を読んでくれたことがありました。あーちゃんの話、大好きでした。えいえいお」

辻村相談窓口、「本望」



おこたえしまーす。

「思うんですけれど、みんな勇気がなくて、踏み出せません。それはつまり、批判されることや、失うのが怖いからなんじゃないかな。成功って、なんでしょうね? ぼくももしかしたら、数字的な成功ならあったかもしれない。でも、ぼくはそういうものに飽きちゃうんです。辻ちゃん、このまま大家になって、その業界に君臨してのさばって、先生になっていくの、どうなのよ、と心の中で誰かがいつもうるさく、言ってくるわけです。若い頃さ、恐れるものがなかったじゃん、あの頃ってさ、失うものがなくて、楽しかったよな。いつも、今日食べるパンがなくて、ひもじかったけれど、夢だけは莫大なもの持って渋谷とか新宿とか、闊歩していたじゃん。んでさ、渋谷の風呂もない四畳半アパートで震えながら寝ていた。「まだ、世界は俺を発見してない。早く発見してみろよ!」って、天井に向かって負け犬みたいに吠えてたじゃんね。あの頃さ、壁には、たくさんの油絵やイラスト画が貼られていて、床には何本ものギターが転がってて、机はなかったけれど、キッチンに原稿用紙が広がっていた。シナリオ書いたり、詩を紡いだりしていた、あの頃の辻ちゃんは、今より、生き生きしていたよね。ほら、辻ちゃん、覚えてるかな。その数年後、小説がバカみたいにヒットした時、俺はこれをやりたかったわけじゃない、って積み上げられた本を苦々しく眺めながら、呟いてた、それで映画を撮り始めた。ぜんぜんヒットしなかったけれど、でも、辻ちゃんらしかったじゃん。映画撮影の初日、よーいスタート、って号令かけた背の高いカメラマンいたじゃん、助監督らも全員、辻監督の言うこときかなかった。「監督、バカにされてますね」って、記録さんに言われたよね。その時、辻ちゃん、突然、撮影用のバスの前に飛び出し、手を広げて止めてさ、これは俺の映画だ、って叫んでた、あの辻ちゃん、どこ行ったの? あの頃の辻ちゃん、小説がヒットしたことで、担ぎ上げられて映画監督になったのに、名ばかりの監督でさ、敵ばかりで、バカにされ、孤立して、その夜も、宿舎で、震えながら、くそ野郎、俺はこんなもんじゃないんだって、叫んでいたじゃん。でも、その映画「千年旅人」がベネチア映画祭に正式招待されてさ、みんな不意に笑顔になって、北野さんが前の年に立ったバカでかいベネチアの島の映画館で拍手いっぱい受けたのに、やっぱり、落選。その時、がっかりしながらも、次はもっとすごいの撮ってやるんだって、ギラギラした目でこぶし握りしめていたじゃん。ベネチアから帰る飛行機の中で、もう、次の映画「ほとけ」のシナリオ書きはじめていて、結局、多くのスタッフが次の作品にも付き合ってくれた。それでも、映画界からは批判しかなくて、成功もなく、そのうち、小説もどっちつかずになってさ、文壇からはもちろん、どこもかしも敵ばかりで、やばい時期あったよね。その時、君はまた、震えながら、「起きて半畳寝て一畳、天下とっても二合半」って天井に向かって叫んでいた。「俺は芸術家だ、世界はいつか俺を発見するんだ」って、言ってたあの青臭い時期の君、俺は好きだったけれど、思えば、今日までその繰り返しだったよな。自分のヒット作のコピーを作るのが嫌で、「ZOO」みたいな曲をと、芸能プロダクションに依頼されたの即刻断った。「起きて半畳寝て一畳」とは、人間が必要とするスペースのことで、「いつだって俺はあの風呂のない四畳半のアパートからやり直せる」っていうのが、君の常のことばだった。いいじゃんいいじゃん、って俺は嬉しかった。金持ちになっても二合半以上の米は食えないから、逆に、俺は腹八分で生きる、って心がけていた。爺さんになっても、世界一、かっこいい爺さんになるんだって、口癖だった。今の君は、どうなんだい? 画家になった君は、孤独だけれど、一人でカンバスに立ち向かえるからさ、ある意味、幸せそうだね。残りの人生、楽しみにしてるよ。 

つまり、ぼくがあなたに言いたいことは、自分の人生は自分が決めるものだ、ということなんです。ぼくは今でもあの頃の「俺」とこうやって言い合い、闘っています。ぼくを批判してきた人たちは、もういません。批判だって持続するのに相当な執念と力がいるんですよ。ぼくを叩きのめすには、ぼく以上の力がいる、そんなのないでしょ? そして幸運なことに、ぼくは生き延びているし、まだ必死で闘っているし、今でも、四畳半からやり直せると信じています。守るべきものはありません。今は、一人ですから、ひたすら、自分が信じるアートを続けています。このあいだ、つじじんせい、という音楽から引退をしましたが、音楽をやめたわけではありません。くだらないシステムから離脱しただけです。そして、心一新、「歌う詩人」を結成し、一から全部やりなおしています。なぜかというと、過去は素晴らしかったですが、過去を自慢して、のさばりたくないだけ。常に、新しい自分と向き合いたい。それが自分らしい生き方だから。ぼくがあなたに言えることがあるとすれば、無限の可能性があるのだから、どんどん勝手にやりゃあ、いいんじゃないか、自分を信じて、ということだけですが、しかし、無責任なことを言って、あなたを追い詰めたくないから、安定も大事なんで、お母さまのためにも穏やかに生きてほしい、と思います。もしも、あなたがこの意見に対し、このくそ野郎が、と思ってくれるなら、それこそ、本望です」 

辻村相談窓口、「本望」



父ちゃんの独り言、&、近況のようなもの。
9月4日、いよいよ、5年ぶりくらいの長編小説「泡」が世に出ます。これまでの作風とは180度違う、新境地の作品。どうせ、ヒットもしないし、評価も出ないと思うけれど、全力で挑みました。最初、読み始めると青春小説かな、と思うでしょうが・・・ふふふ。一筋縄ではいかない、辻節満載の「泡」ご期待ください。連載時から、大幅に書き換えております。作家の醍醐味。
集英社から、出版されます。全国の書店で手にとってみてください。

10月18日、軽井沢、安東美術館でのアンプラグド・ライブ。
パリ、モダンアートフェア、10月22日から25日。コンコルド広場特設会場にて。
リヨン、11月5日より、3週間、個展。
11月8日、パリでライブやります。在パリの皆さん、詳細、待ってね。

辻村相談窓口、「本望」

辻仁成 Art Gallery

辻村相談窓口、「本望」

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