自分流・日々のことば
日々のことば、「継続」 Posted on 2026/09/02 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
この前、とある人に、辻さんにとって絵を描くということは、どういうことを意味していますか? または、小説を書くということでもいいですが、それは何か、知りたいです、と質問されたんです。
ぼくは答えました。
「それは時間です」
その人は、ちょっと一瞬わからなかったようだったので、説明をしました。
「ぼくは朝起きて寝るまで、毎日、絵を描いています。もしくは、小説を書いていますが、どちからといえば、今は絵を描くことの方に多くの時間を使っていますね。夜中、明け方、昼間、夕方、夜、ぼくは食事と三四郎の散歩以外はだいたい、絵を描いているんですが、個展が先々まで決まってしまっているので、鶴の恩返しのように、ひたすら絵を描いています。その絵というのは、ぼくに与えられた生涯時間の中から、削られるように割かれているものでもあり、その時間の大きさによって大中小、様々な絵が生まれているわけですが、何時間も何十時間も時にはもっと時間を費やし、描いている間は、ぼくは消えています。絵筆だけが、そこで動いている状態で、命を少しずつ、画布に焼き付けていることになるんです。だから、おもえば、最近、だれとも飲んでないし、家からほぼ出てないです。5,6時間、動かないこともあって、気が付いたら、頭痛がひどくて、ああ、もう、三四郎のごはんの時間じゃないか、やばい、と思わず立ち上がって、そのまま貧血で落ちる、みたいな、日々です。つまり、そうやってぼくは絵を生み出しているんです」

でも、こうやって、絵と向き合っていると、絵描きとしてのぼくの力はそれなりに、じわっと、それは自分でも実感できるほど、はっきりと成果となっている、気がします。一年前の絵と今の絵を比べると明らかでして、あゝ、ここまでたどり着いたか、とちょっとホッとすることもあります。
実は、数年前から、「夜のスケッチ」という油絵具ではない画材で絵を描いています。鉛筆だったり、パステルだったり、木炭だったり、ですが、主に、パリの夜の街に出て、街角で絵を描くんですね。それが現在、150枚くらい溜まっていて、2023年くらいから、時間を見つけて描いているので、もう、4年くらいになりますかね、でも、気が付いたら、たくさんの絵がストックに溜まっていて、それらは、いつぞやのサンジェルマンデプレ界隈だったり、アンバリッド周辺だったり、セーヌ川岸だったり、モンパルナス界隈だったり・・・。油絵はこれまでの個展で皆さん、もう見て知っていると思いますが、この「夜のスケッチ」は抽象画じゃなく、写実に近い、風景画なんですが、つまり、その場所までいって、デッサンしているんですね。自分が何でパリにいるのか、ここで四半世紀も生きてしまったのか、解き明かすために、自分が暮らした街の思い出の場所に行き、描いてきたのです。あゝ、ここには思い出がある、この建物で暮らしていたっけ、息子の小学校じゃないか、とか、そう言うことも含めて、ぼくの私小説のような作品たちです。いつか、「夜のスケッチ」展をやらなければならないかな、と思っていますが、その膨大な作品を前にして、思うのは、継続の力なのです。コツコツ、多くの時間を費やしたことが、ここに刻まれている、ということなんです。ぼくは生きた、その証拠をここに刻んできたのだ、と思った次第です。コロナが落ち着いた時、ぼくは鉛筆と紙を持って、ロックダウンから逃げるように、飛び出しました。そして、三四郎が遊んでいるあいだに、絵を描いたわけです。この継続こそが、小さなぼくの一番の力なのだ、ということに気が付きながら・・・。
「こんなことやっていて、本当に大丈夫か? 意味がないんじゃないか、やめちまおうぜ」
と思うじゃないですか、でも、そこでやめたら、その先に行くことは出来ません。この数年、油絵と並行して描いてきた街角のスケッチは、もう、それはそれで、一つのぼくなのでした。
「継続は力なり」
ぼくは投げ出したくなる時に、いつも、この誰もが使う言葉を心にとめて生きてきました。これからも、ぼくの継続は続きます。ぼくの命がある限り・・・。
小さな声で、えいえいおー。

おしらせ。
父ちゃんは作家としても継続を続けています。明後日、9月4日に、全国の書店に、新刊「泡」が並びます。・これも、辻仁成の継続の一部です。小説がお好きな皆さん、ぜひ、書店で手に取ってみてやってください。その一字一字を打ち込みました。ぼくの継続の現在位置になります。


posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。


