JINSEI STORIES

滞仏日記「父ちゃんが死にそうなほど苦悩した大問題が、一つの方向を示してきた」 Posted on 2021/04/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、コロナの感染拡大が続く中、年明けくらいから、ずっと「5月30日のライブをやるべきか、どうするべきか」でぼくは悩み続け、そのことを先の日記で告白した。
これはぼくだけの問題じゃなく、世界中のアーティストがいま抱えている根本的な問題なのである。
とくにライブエンターテインメントを生業にしている人はすべての人が影響を受けている。
まず、前回の日記をまだ読んでおられない皆さん、ぜひ、ご一読ください。

過去記事はこちら⬇️
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-1723/



フランスの感染者はついに、一日6万人、というとんでもない数字をたたき出した。
しかもほとんどが英国由来による変異株なのである。
しかも、フランスは昨日から全土で第三次のロックダウンに突入している。
僕が心配していることは先の日記で書いた通りで、このことは当然、日本の全スタッフに僕からの意見として伝えらている。
過去二度も自然災害や感染症パンデミックによって延期に追い込まれた大切なライブ・・・。
待ち続けてくれているファンの皆さんに対して、特に遠方から参加を希望されている皆さんに、早く結論を出さないとならない。
主催者もオーチャードホール側もこのような状況で判断を出さなければならないのは、大変、酷なことであろう。
しかし、パンデミックの中で今後も音楽を続けるためには、目をつむって通り過ぎることのできる簡単な問題ではない。
これだけ酷い状況になりつつあるのに、しらっと、世界を見ずにそこへ突き進むことはできない。



滞仏日記「父ちゃんが死にそうなほど苦悩した大問題が、一つの方向を示してきた」

一回目は2019年に台風19号の直撃で延期、2回目は去年5月24日にコロナ出現での延期、そして、今年の5月、コロナの収束目途が見えず、フランスも日本も酷い状況になりつつある中での、迷いである。
実はぼくの中ではこのことを提議した時から、こうなってほしい、という一つの道筋はあった。
コロナがひどくなるのはうすうすとわかっていたからだ。
遠方のファンの方は東京に集結できないのではないか、関東以外の方は渋谷にやってこれなくなるのではないか、・・・数字の増え方が気になっていた。
そのことを、ぼくは主催者である中原氏に丁寧に伝え続けてきた。
晴れた気持ちで皆さんの前で歌えるのか、と自身の胸に訴えた。
海外からコロナの状況を伝えてきたぼくが、その状況を無視してライブが出来るだろうか、と自問を繰り返した。でも、すでに明らかに難しい状況になりつつある。
あとは主催者の最終判断なのだけど、昨日、主催者の一人、中原氏から、ぼくの提案を真剣に受け止め、主催のホットスタッフ、会場のオーチャードホールと最終出口に向けて協議が進んでいる、という連絡が入った。
おそらく、ぼくの要請を皆さん真剣に受け止めてまもなく、判断が出る、ということだろう。



「いつでますか?」
ぼくは電話をかけ、中原氏に訴えた。
「今、全体で話し合いをしているので、ちょっと待って。週明けには結論を出します」
「それはぼくの提言に沿うものでしょうか?」
「辻の気持ちはみんなわかっているので、そこに向かっているということでいいです」
それ以上は、ぼくには問い詰められなかったが、中原氏や主催者は踏ん切りをつけたのではないか、とぼくは個人的に判断をした。
「でもね、一つお願いがある」
中原氏は、一万キロ離れた場所から、言った。



「二回の延期、ファンの方も待ち遠しく思っていてくれた。実はスタッフも辻仁成の60周年ライブを待ち望んでいた。だから、5月30日をそこで終わりにさせたくない」
「どういうこと?」
「わからない。でも、何か、方法はないか、考えてほしい。次に繋げられる何かを、お互い考えましょう」

滞仏日記「父ちゃんが死にそうなほど苦悩した大問題が、一つの方向を示してきた」



中原氏は、来週月曜日には主催者として発表が出来ると思う、と言い残して電話を切った。なんとも煮え切らない感じがしたが、ビジネスの大変さもわかるので、彼が何かを匂わせた、ということをもとに今、日記を書いている。
そのうえで、ぼくに新たに与えられたミッションは5月30日を無駄に終わらせない何かを考える、ということだった。
当然、配信ライブをすぐに思いついたが、地球カレッジのようなZOOM会議のような方法でのライブは難しい。ZOOMは不安定すぎる。
知り合いの映像関係のフランス人が、
「君が求めるようなものは衛星回線でも使わないかぎり無理で、莫大な予算がかかるけどいいのかな」
と言われてしまう。
すでに二度の延期でキャンセル料が膨大に膨らんでいるのだ。
フランスからミュージシャンたちを連れて来日したのに、台風でキャンセルになった一回目は、まるごとキャンセルをした格好である。
ともかく、中原氏の言い方では、週明けの月曜日に発表をする、ということだから、ぼくはもう、なんらか結論が出た、と思っている。
ならば、次に向けて、知恵を出すしかない。
コロナによって分断されたこの世界をこれまでにない形でつなぐ何かすごいことをぼくらは考えだせるのだろうか。

つづく。

滞仏日記「父ちゃんが死にそうなほど苦悩した大問題が、一つの方向を示してきた」

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