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リサイクル・ノルマンディ日記「フランスの田舎を侮るなかれ、カフェ飯のレベルの高さよ」 Posted on 2023/02/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、田舎暮らしの期間、もちろん、ほとんどは自炊だが、一人なので、気分転換に二日に一度は陸(おか)から降りて、海沿いの国道沿いのカフェや、マルシェ周辺に出るスタンドでちょっとつまむのがなんとも楽しい。
もちろん、田舎だから大味なのは仕方がないけれど、中にはパリに負けないクオリティの店に出会うこともある。
湯布院とか小淵澤とか小樽とか路地を歩いていると、ええええ、こんなところにめっちゃ本格派な・・・、というお店と出会うことがあるでしょ? それと一緒。
ぼくが暮らす田舎は周辺に大都市はないが、ちょっと車を飛ばすと、人口だと3000人くらいの観光の町がある。
実は、モンサンミッシェルなんかも遠くはない。(遠くは感じない、が正解かな。モンサンミッシェルはブルターニュではなく、なんと、ノルマンディなのである)

リサイクル・ノルマンディ日記「フランスの田舎を侮るなかれ、カフェ飯のレベルの高さよ」



で、ぼくは美味しいカフェ・レストランとそうじゃない店とを区別し、いい店を発見する、天才なのだ。
ほぼほぼ外れたことがない。
いい店は、細かいディテールにまでオーナーやシェフの気配りが行き届いてるし、テーブルセッティングやカトラリー見るだけでもある程度判断することが出来る。
めっちゃ汚い中華街の屋台とかだと作ってる人の勢いとか客の待ってる感とか並んでる人とか、そういうのを総合的に判断し、安いから並んでいるのか、美味しいから並んでいるのかなどを、いくつかの項目に分類して、「間違いない」を見つけ出すことが可能。

リサイクル・ノルマンディ日記「フランスの田舎を侮るなかれ、カフェ飯のレベルの高さよ」



でも、一番大事なのは接客するギャルソンらの態度などに最初の味は見て取れるので、やりとりをしているうちに、期待が膨らか萎むかは明確である。
いい店はギャルソンらの機動力にも機微があり、しかも彼らが食に対しての情熱を持っているので、まず、この肉、珍しいね、と話しかけるだけで、出てくる情報を分析し、だいたい前線のギャルソンたちはシェフやオーナーの受け売りなので、そこから店全体のクオリティ、サービスを総合判断することも可能となる。
で、実際、食べてみれば、「通いつめたくなる店か、そうじゃないか」は、一目瞭然なのである。

リサイクル・ノルマンディ日記「フランスの田舎を侮るなかれ、カフェ飯のレベルの高さよ」



マルシェも一緒で、並んでいる貝や魚や肉の乾き方で即座に、ダメな店か新鮮かは見分けられるし、やはり、店側と語り合うことは大事だ。
仏語が話せようが話せまいが、自分がその食材への執着を見せる時、この仕事にリスペクトのある人は目を輝かせていろいろと話しかけてくるし、冗談の一つも飛ぶ。
やる気の薄い灰色の表情をしている店員のマルシェで美味しいもをゲットできたためしはない。
まず、遠くから眺める。人の動き、勢い、活気があれば、近づき、ちょっと会話をする。(知らない国を旅する時、これが役立ちますよ!)
その時、並べられた食材の鮮度、勢いを目視し、気になるものがあれば、それを指さし、ちょっと店側の売る気持ちと知識を引っ張り出す。
「これはさっき、俺が釣ってきた魚で、ちょっと高いけど、でも、こんなの他所じゃありませんぜ」
その自信に嘘はない。財布と相談をして買えばいいのだ。
店のギャルソンと目が合ったら、天気の話しをして、久しぶりだね、と言う。初めてのギャルソンでも、久しぶり、元気だった?と戻ってくるから、(いちいち全部の客の顔は覚えてられない、笑)ま、それがご挨拶の始まりということだ。「日本に仕事で戻ってたんだ」と言ってやれば、さりげなく日本人であることを伝えることもできる。で、日本に負けないくらいここの肴はうまいよね、と語っておけばいい・・・
すると、大概の店員は、なんも日本人魚料理めっちゃうまいじゃん、なんて話しをあわせはじめるから、自然な流れで、鮮度の話しにもっていく。今日、入った鯖は油がのっていて美味いけど、一番いいの日本人の友達に出してやるからさ、待っとけ、となったら、しめしめ・・・

リサイクル・ノルマンディ日記「フランスの田舎を侮るなかれ、カフェ飯のレベルの高さよ」



昨日は、ビストロで食べていたら、マグロのたたきというメニューがあったから、オーナーらしきやつを捕まえて、たたきを日本人に出す勇気リスペクトしますよ、と微笑んだら、その人はその地区では有名な男で、ぼくが店を出て家に戻ろうとしていたら、走ってやってきて、
「あんた二つ星のシェフだろ?」
と言い出した。
「お忍びで来てくれたんだろ? 店の客らがあんた二つ持ってる凄いシェフだよって。教えてくれたんだ」
誰かと間違えてるのだろうから、いいや、ぼくは作家だよ。ただの美食家だから、でも、いつかあんたの店のこと書いてもいいかい? と言ったら、名刺交換しようという流れに、残念ながら、俺は名刺持ったことない、と笑いあった。
また来るよ、とウインクをして離れておいたけど、いや、事実、うまい店だった。上に上がりたいという意欲がそこかしこにある店だったので、こういうところは伸びる。メモ帳に記しておけば次回の参考になる。

リサイクル・ノルマンディ日記「フランスの田舎を侮るなかれ、カフェ飯のレベルの高さよ」



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