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滞仏日記「8年ぶりに、辻家にお手伝いさんがやってきた、やあやあやあ!」 Posted on 2021/10/24 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、離婚後、一時期短期間ではあるが、ヘルプで掃除をやってくださった方がいた。しかし、コロナもあったし、ぼくも自分で、やれるところまでやりたかったので、基本は自力でやることにした。
でも、息子が受験を控え、ぼくも仕事がひっきりなしで、家事まで全部やると、心が病みそうになり、これは危険だということでついにお手伝いさんに助けてもらうことになったのである。
昨日、そのことをツイートしたら、返信欄に「いいな」というメッセージ。
そうか、ぼくはまだ恵まれているからこうやって助けを求められるけど、それが出来ないシングルの人も多いのだろうな、と考え、申し訳なくなった。
言い訳じゃないのだけど、一日、3、4時間くらいの睡眠で、鬱っぽい状態も続き、いろんな仕事をこなし、受験生を見守るのは限界に近かった。

滞仏日記「8年ぶりに、辻家にお手伝いさんがやってきた、やあやあやあ!」



ともかく、約束時間の5分前に「ぴんぽーん」が鳴った。
「お、すげー」
時間より少し前にやってきた。遅刻が当たり前のフランス社会で、これは優秀・・・。
15分くらいかけて、家を隅々案内し、ここはこうしてほしい、とか、ああしてほしい、とか要望を伝えた。
息子を紹介した。笑顔が飛び交った。いいムードだ。
「パパ、彼、日本人にしか見えないね。佇まいとか、雰囲気・・・」
「だからね、中島君ってニックネームつけた」
「え?」
「ぼくの友人の中島に似ているんだ。そっくりなんだよ。きっと温厚で真面目だと思う。一週間に一度、土曜日に掃除をしてもらう。特に、キッチンなどの水回りとか、君の部屋を重点的に。だから、ちょっと来い」
中島君を呼んで、息子の部屋で男三人、掃除方針の確認をやった。
どこに何を仕舞うか、どこまで片付けてもらうか、など、・・・。
英語がメインで、仏語もちょっと、・・・。

滞仏日記「8年ぶりに、辻家にお手伝いさんがやってきた、やあやあやあ!」



ということで中島君の仕事がはじまった。
中島君、ものすごく、真面目なのである。いったい、何歳なんだろう? 
無口だが、黙々と、てきぱきと仕事をこそなしていく。
こっそり、ドアの隙間から、様子をうかがったけれど、お掃除、マジ、上手・・・。
なるほど、家事えもんばりに、すごい。
棚の下、ベッドの下、テーブルの下、死角に埃がたまりやすいのだけど、みごとに、掃除機を回しながら、吸い取っていく。
靴とか、椅子とか、ソファとかも全部どかして、部屋の四隅も丁寧に掃除している。
ありがたい。これは絶対、ぼくにはできない。見事な仕事である。
安心したので、パソコンに向かって作業をしていると、グラスのあたる音が聞こえてきた。
あ、食洗器に洗い終わった食器をいれたままにしておいた・・・。
え? あれも片付けているのか・・・。
慌ててキッチンに行くと、中島君、教えてもいないのに、グラスや、お皿や、お箸とか「あるべき場所」、つまり、元の棚にちゃんと戻しているではないか・・・。
なんにも教えてないのに、どこに何が閉まってあるのか、わかるのだね・・。
お箸の引き出し、とか、絶対普通わからないのだけど、わかってる!!!
キッチンペーパーやゴミ袋もちゃんと見つけて、取り替えているじゃないか!
すごい。

滞仏日記「8年ぶりに、辻家にお手伝いさんがやってきた、やあやあやあ!」



中島君が風呂場の掃除をしている間に、戸棚を開けて覗いてびっくり、綺麗にお皿が並べられている。
おおお、泣きそう・・・。
8年間、ぼくはお皿を揃えることが出来なかった。これは結構、力もいるし、根気もいるので、今までは、大皿の中に、中皿が混ざったりしていた。
それがびしっと揃えられている。びしっ!!! 
ひゃああ、感動した。
細かくチェックしては中島君に失礼だと思い、ぼくは仕事に戻った。
仕事をしながらも、掃除機の音が心地よく響き続けていた。

中島君、どういう人生を背負って、パリに渡ってきたのであろう。
フィリピンからフランスって、結構、遠いね。日本からも遠いけど・・・。
月曜日から金曜日までは毎日、元大臣さんの家の掃除をしている。
奥さんと二人でやっていたのだけど、奥さんが懐妊し、今は一人でやっているということだ。
で、土曜日だけうちにやってくる。
もうすぐ、ベイビーがやって来る。家族が増えるので、頑張るパパさんだ。
元大臣さんの家がどのくらいの広さで、どのくらいの仕事量かわからないけど、そこではたぶん、アイロンがけや、料理や買い物などもやっているに違いない。
あ、毎日、犬の散歩もしている、というのを紹介してくれた管理人さんが言ってたっけ・・・。
そこの犬はグレイハウンド・・・。

滞仏日記「8年ぶりに、辻家にお手伝いさんがやってきた、やあやあやあ!」



息子がやってきた。
「パパ、エリックさん、もの凄く掃除が丁寧で、ぼくの部屋がとっても綺麗になったよ」
「よかったじゃん。勉強に集中できるな」
「うん。気分が変わった」
「でも、ゴミとか自分で捨てろよ。なんでもエリックにやってもらってると一人立ちできなくなるからね」
「分かってる。彼を見習うよ」
「おけ」
中島君は、とってもプロフェッショナル。それに、余計なことは何も言わない。
だから、日本から持ってきていた「揚げせんべい」をお土産にもたせることにした。えへへ。
「奥さんとポリポリ食べてね、甘醤油味だよ」
「ありがとうございます」
日記に写真いいですか、と聞いたら、髪の毛を梳かしはじめた、笑。カシャ!
長く続けてもらい人だなぁ、と思った62歳の父ちゃんであった。
さ、仕事だ。中島君の協力を得られたのだから、もっと小説を書かなきゃ!!!

つづく。

滞仏日記「8年ぶりに、辻家にお手伝いさんがやってきた、やあやあやあ!」



滞仏日記「8年ぶりに、辻家にお手伝いさんがやってきた、やあやあやあ!」

ということで、綺麗なキッチンで、作ったサーモン・サラダの生リングイネなりなり。

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