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滞仏日記「息子と久しぶりに長話しをした。巣立つために必要なこととは何か」 Posted on 2021/12/31 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、なかなかコロナが収束してくれないので、またもやちょっと暗い大晦日なのだけど、コロナごときに人生を振り回されるのも嫌だから、最大限の用心はしつつも、大胆に生きている父ちゃんなのであった。
今日は、息子と真剣に将来の話しをすることが出来た。
食事をしながら、将来どうすんのか、と父親らしく、問いただしたのだけれど、珍しく、素直に応じた息子であった。
「大学に行くよ」
「いつから試験?」
「バカロレアが3月と6月にあり、受験もあるけど、あとはこれまでの成績で入れるところが決まってくる。その評価だけだと一緒なので、自己PRできる何かが必要で、今、それを探している」
よくわからなかったけれど、大学へは行く気になっているようだ。
「何系の大学に行くの?」

滞仏日記「息子と久しぶりに長話しをした。巣立つために必要なこととは何か」

※ 今日のランチはシポラータのトマトパスタに・・・。



「ぼくは経営系の学校に行くんだけど、とくにやりたいのは広告とかエンターテインメントのプロデュースの仕事をやりたい」
「それはみんなが考えることだから、狭き門じゃないの?」
あまり、深入りしない程度に、訊いてみた。
「うん。でも、ネットとか配信を使った新しいビジネスを考えたい」
「ほー」
「で、周囲を見回したら、そういうのをやっている人が身近にいたんだ」
「ほー。どんな人」
「パパ」
え、と思わず、声が飛び出しそうになったけれど、これまでの流れからして、迂闊に話しに、あわせてはならない。
この子は、まだ世の中の厳しさをわかってない。
いつだって、時の流れに身をゆだねている。
「デザインストーリーズみたいなプラットホームを仲間たちと作ってみたい。動画主体のYouTubeでもいいし、音楽系でも、ウエブサイトでもいいし、そういうものを複合的に組み合わせて、ぼくの世界を築きたい」
「それはぜんぜん悪くはないけど、それで生きていくのは簡単じゃないし、甘くみないでもらいたい。パパの場合、長い経験があっての、ようやく、今なんだからね」
「うん。わかってるよ」
この話しはこれ以上しない方がいいと思ったので、賛成でもあり、反対でもある、と伝えておいた。
そもそも、YouTubeとかwebサイトって、時流に乗りすぎていて、現実味がなさすぎる。世の中、そんな簡単じゃない。
どちらにしても、彼はまだあまり世の中のことをわかってない。
幻想を追い求めさせてはいけない。
地に足がついたものをまず、追いかけてほしい。

滞仏日記「息子と久しぶりに長話しをした。巣立つために必要なこととは何か」

※ 午後はスーパーにおせちの材料を買いに行った。



でも、息子はまだ17歳だし、夢と現実のはざまで生きている。
頭ごなしに、その夢を潰すこともできない。
ぼくは、こう見えても、毎日、鬱っぽい人生の中にいる。
夢があるようで掴み切れない厳しい現実の荒波の中をそれなりに生きている。
若い頃は夢をいくらでも描くことが出来た。
でも、今は、その夢が一つ一つ潰されつつある。
しかも、コロナだ。
映画も、小説も、音楽も、いわゆるこれまで持て囃されてきたステージは今、大きな転換点を迎えてしまい、これまでの価値観ではもう何もできないところにある。
息子がこれから、どうやって生きていくのか、何歳までサポートするべきか、ぼくにそれがいつまで出来るのか、・・・全く、全く、わからないのだ。
生きていると、生きているだけ、面倒くさいことに付きまとわれ、弾けたいのに、ぼくを応援してくれる人はどんどん減っている。
あと、2週間で、息子は成人(18歳)になる。これは確実にやってくる。
いよいよ、勝負の時がきた。
そうだ、厳しくする時がきたのだ。

滞仏日記「息子と久しぶりに長話しをした。巣立つために必要なこととは何か」

※ 混雑するレジ・・・・。

滞仏日記「息子と久しぶりに長話しをした。巣立つために必要なこととは何か」

※ 今日もコロナのセルフテストをやった。陰性であった。これが日常化しつつある・・・。



「よく、考えろよ。18歳になったら、パパは今までのように全部をサポート出来ないからな」
今日は、そこで話しが終わった。
次回は、もっと具体的に、サポートできることとできないことを話すつもりである。
とりあえず、1月14日の彼の18歳の誕生日までに、段階的に、話しを詰めていきたい。
「もちろん、学費は払うけど、それ以外は自分で働いたり、行動したりして、やりくりしてもらうことになる・・・。
パパは、来年の夏前に、パリのアパルトマンを払うことになる・・・。
そうなると、パリに君の居場所はなくなるよ・・・。
自分で生きていく算段を考えないとならなくなる」
などなど・・・。
コロナ禍なので、放り出すことはしないけど、パパに出来ることは限られてくる、と説明をきちんとして、危機感を持ってもらうことこそ、教育であろうと、思った。
それが大人になるということだ、と思っている。

かもめは、親にある程度まで育てられる。
しかし、ある時期、すべてのかもめが一斉に屋根から離陸をする。
誰が決めたか? きっと、それこそ、本能、つまり、神様の意思であろう。
ぼくはかもめたちが一斉に、空に舞い上がる瞬間を目撃した。
その中の一羽が、間違いなく、息子なのだった。
飛べずに落下してしまう、かもめもいる。弱肉強食の世界だ。
ある程度、強くないと生きてはいけない。
ずっと、息子の面倒を看ることはできない。
あと、二週間で、あいつは、大空へ、半分は、自力で飛び立たないとならなくなる。
そう、させるつもりだ・・・。
それが人生だからである。

ということで、今年、最後の日記、皆さん、いつもありがとう。
早く日本に行きたいけど、皆さんにも生でお会いしたいですが、オミクロンな今は、我慢をして、パリでがんばります。めるしー。
大変な一年だったけど、よいお年をお迎えください。

滞仏日記「息子と久しぶりに長話しをした。巣立つために必要なこととは何か」

※ がんばれ、息子よ。その翼を大空に向けて、広げなさい。

滞仏日記「息子と久しぶりに長話しをした。巣立つために必要なこととは何か」

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