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滞仏日記「ミニチュアダックスフンド物語」 Posted on 2022/03/27 辻 仁成 作家 パリ

滞仏日記「ミニチュアダックスフンド物語」

某月某日、三四郎を犬の躾け学校に連れて行かないとならないので、父ちゃんは受験生のために「おにぎり弁当」を拵えた。よいっしょ、よいっしょ・・・。
シーチキンと梅おかかのおにぎりに、ソーセージ&卵焼きという超シンプルなお弁当となった。
躾け学校は先週に続き二回目だったので、少しぼく的には慣れてきた・・・。
訓練は厳しかったし、相変わらず三四郎は最初から最後まで「きゃんきゃん」大騒ぎして、調教師の先生たちを手こずらせていたが、今回は冷静にドッグトレーナーたちの仕事ぶりや人柄、そしてその能力の高さをきちんと見極めることが出来た。
リーダーのボーベさん(仮名)をはじめ、大型犬担当のギヨーム、ボーベさんのアシスタントのジュリアとアンヌの二人、全体を仕切る副校長のマリアンヌなど、どの人も心優しく、犬好きで、人徳者であった。
とくに、今回はボスのボーベさんといろいろと話すことが出来た。ミニチュアダックスフンドと向き合うことの難しさや注意点などを個人的に教わったのだ。
「ムッシュ、もし可能なら、夏休みに入る前に、何度か、私が三四郎を預かって、個人的な指導をしましょうか。あの子はちょっと個性が強く、躾が簡単ではなさそうだから、そういうやり方もありますよ」
夏に長期間預けられる人を探していたので、この申し出は有り難かった。
どういうところで、どんな風に預かってくれるのか、前もって知りたかったし、そのためには、いきなり預けるというのは無理だし、三四郎もぼく以外の人間に慣れる必要があった。
「三四郎の横にいる、ミニチュアダックスのリッキーだけど、あの子も小さい頃から時々うちで寝泊りして今では家族同然になのよ」
毛並みも、模様も、雰囲気も三四郎と全くそっくりな8歳のミニチュアダックスフンドがいた。リッキーという名前であった。
「あの子は一人で地下鉄に乗れるのよ」
「え?」

滞仏日記「ミニチュアダックスフンド物語」



「一人で地下鉄に乗る? どうやって?」
微笑みながらマダムが教えてくれた。
「彼の両親は忙しい人たちで、週末、あの子を私が面倒を看ていますが、三四郎に負けないくらい頑固で主張が強く、最初は、躾けに向かない子でした。でも、今はあのようにみんなに好かれる、動じない、立派な犬になった。普通は2年くらいここに通ってある程度躾が身に付いたら来なくなる子が多いのです。リッキーの親たちもこの集まりに連れてこなくなったの。そしたら、ある日、リッキーは家出をし、ここを目指して、一人で地下鉄に乗ったのよ。結局、彼は森の入り口で保護され、両親の携帯に電話がかかって来た。どの駅で降りるか、覚えていたのが凄いでしょ? そこまでして、彼は私たちに会いたかった。彼はここが大好きなの、トレーナーたちも仲間たちも森もすべてが。三四郎もきっと、家族の一員のようになるでしょう。だから、来週でも、ちょっと私が預かりましょうね」
「はい、お願いします」

滞仏日記「ミニチュアダックスフンド物語」



ぼくは三四郎をペットだと思っていないのかもしれない。
もちろん、ぼくは彼の育ての親だけれど、彼という命を預かっている一人の人間でもある。
だから、彼には生きている間に、いろいろな世界を見て、知ってもらいたいし、そのお手伝いをしたい、と思うようになっていた。
三四郎はこれから時々、マダム・ボーベとその仲間たちとも遊んで学ぶ犬らしい野生の日々を過ごすことになるのだろう。
土に塗れて遊んだ三四郎は真っ白になっていた。それをブラシで梳かし、綺麗にふいてから、車に乗せ、ぼくらは家路についた。
訓練の後半、三四郎はずっと尻尾をふっていたし、森から離れたがらなかった。
そういえば、帰り道、その会に参加した子犬の親御さんらに声をかけられた。
その子は2歳で、ずっと通っているらしい。
「あのマダムは素晴らしい人ですよ。安心してください」
「はい、なんとなく、そんな気がしています」
「本当に犬を愛していて、私たちもこの学校を通して、いろいろなことを学びました。人間もここで同時に成長するんです」
穏やかなご夫妻で、彼らの子犬(犬種がちょっとわかりませんでした)も穏やかで、お行儀がよく、利発であった。



家の近くに車をとめて、三四郎を抱えて外に出たら、道の反対側を歩く、例のちょっと痴呆が進んでいるムッシュと遭遇した。(うちの子がいなくなった、と言いふらすのだが、実際は家にいる)
彼の足元にミニチュアダックスフンドの老犬がいることが確認できた。よかった。
今日はしっかりしているみたいだ。いろいろな人生がある。

滞仏日記「ミニチュアダックスフンド物語」

コロナ禍で三回もこの街はロックダウンに見舞われた。
家から出られなかった時があった。
まだ、コロナは消え去っていない。フランスはコロナ規制を解除したので、再び感染者数が急増している。
大統領選挙が終わるまで規制は緩和されているのだろう。
そこにロシアのウクライナ侵攻がはじまり、今度は、いつ核戦争が起きてもおかしくない世界がやって来た。
北朝鮮はミサイル開発をやめないし、世界は混とんとし、不安定な状態にあるけれど、ぼくはやはり、日々を丁寧に生きるという方法で、自分を強く保つことを心掛けている。
そこにやって来た三四郎はある種、気が付けば、ぼくの相棒のような存在になっていた。
「ところで三四郎、聞きたいことがある」
ぼくは腕の中で疲れて寝ている三四郎の耳元でささやくのだった。
「君はどこからやって来たの? なんで、ぼくの腕の中にいるんだい?」

つづく。

地球カレッジ

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※そして、昨夜の辻家の夕食がこちら、チキンのハニーマスタードグリルー--! 超やばい味です。いい意味で・・・。



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