JINSEI STORIES

退屈日記「かつて友だちのいなかったぼくが考える友だちとは?」 Posted on 2022/05/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、友だちというのは同世代とは限らない。
ぼくの友だちたちの中で、最高齢は誰だろう。一番若いのは誰であろう。
友だちの基準が難しいけれど、ぼくの場合「しょっちゅう会う必要がないけど、たまに話をし、お互い、上下関係がなく、リスペクトしあっていて、ものがはっきりと言いあえるし、仲間でもあり、時にはライバルでもあり、苦しい時に損得ではなく、支えてくれたり助けてくれたり、その逆も可能な人物」ということになるかな・・・。
ここ数年、ぼくが一番仲良しで一番年上の友だちは間違いなくアドリアンであろう。
彼とは4年ほど前に、バーで知り合い、その日、いきなり「哲学とは何か」で激論をし、仲良くなった。
その後、コロナ禍や戦争の折に、ぼくに対し哲学的示唆をくれるようになった。
もっとも、彼は実際に哲学者なのだけど、この日記でもコロナ禍には人間の生き方を様々な角度で指南してくれたので、ご存じの方も多いことだろう。
最近、知ったが、彼は75歳なのだ。
自分より、一回り以上年上だけど、年齢差なく、サリュ(やあ)、と肩を叩きながら会うことの出来る大切な友人の一人だと胸を張って言える。
そして、年下はというと、26歳のピエールなのだ。

退屈日記「かつて友だちのいなかったぼくが考える友だちとは?」



ピエールは歌手だが、普段は有機食材を専門に扱うビオセボンで働いている。
街の仲間たちに「ツジー、歌うのうまい奴がいるんだよ。今度紹介するよ」と教えられた。
その連中がピエールにぼくのことも伝えていた。
「日本の歌手がこの界隈にいるんだ」
ということで、ある日、
「サリュ(やあ)、ツジー」
「サリュ(やあ)、ピエール」
と言いあう関係が始まった。
ぼくのコンサートにも来てくれたことがある。
アドリアンほどべったりではないけれど、ピエールとはよくSMSでやり取りをするようになった。
好きなミュージシャンが一緒で、音楽談義をよくやる。
彼はぼくの息子といってもいい年齢なのだけど、ぼくの世代のミュージシャンたちをこよなく愛しているので、そういう共通の話題で盛り上がる。
この友だちに関して、フランス人はちょっと面白い感覚を持っている。
日本だと年齢差があると先輩後輩になる。
「あ、俺の方が一歳年上だ」みたいなノリ。
バンドの世界にも結構、これがあって、なんでか知らないけど、ミュージシャンの上下関係とか本当にくだらないと思うのだけど、若い頃はイベントに出演すると先輩バンドへのあいさつとかやっていた。
しないと生意気みたいな奴と言われた。あれが、苦手だった。
なので、日本にいた頃は同世代の友だちばかりだった。笑。

退屈日記「かつて友だちのいなかったぼくが考える友だちとは?」



渡仏した直後、フランスには、この年齢による友だち関係が全くないことに気がつく。
つまり、先輩後輩という日本的な上下関係があまりないのだ。
だからか、友だちの少なかったぼくが渡仏後、友人がぐんと増えた。
友だちの範囲が無制限になった、みたいな感じ。使い放題、0円、みたいな友だち。
フランスにも敬語みたいなものがあるけど、ちょっと違う。
ブボワイエとチュトワイエというのがあり、ざっくり言うと、前者が「vous(あなた)」で呼ぶ丁寧な言い方で、後者が「tu(君)」呼ばわりだ。
けれども、フランスでは「あなた」と言われているうちはまだ心を開いた関係ではない、といことを意味し、この「あなた」から「君」に移行するときに、友情が生まれるみたいな感じをお互いが持つようになる。
息子によく叱られた。パパはvousからtuになるまで時間をかけすぎる、と。あはは。
「あなた」と「君」ではその後に続く動詞も全部変化してしまうので、ぼくには厄介だった。今も厄介だ。
しかし、「君」と言われるのは光栄であった。

退屈日記「かつて友だちのいなかったぼくが考える友だちとは?」



退屈日記「かつて友だちのいなかったぼくが考える友だちとは?」

ピエールとは知り合ってすぐに「君」と呼ぶ会う仲になった。
「ツジー、実は君に残念な知らせがあるんだ。ぼくは今日がこの店、最後なんだよ」
「え? やめちゃうの? どうするの?」
「イタリアを一年くらい放浪する。ギターを持って」
「いいね」
「ありがとう。でね、君にぼくのライブに来てほしいんだ」
「もちろん」
「ライブと言っても、14区にある小さなカフェの片隅で歌うんだ。来れるかい?」
というわけで、今日、ぼくはピエールのライブを観に「ウエルカム」というカフェに行った。(かわいい店であった)
きっとぼくはピエールの歌が好きになる、という直感があった。それは彼が歌いだした瞬間に、現実のものとなった。
店のマダムはずっとサービスをしながら踊っていたし、店主もハンサムであたたかい人だった。
お店のお客さんは90代かなァ、ご高齢の仲良しご夫婦がいて、一人でやってきたマダムがいて、カウンターに数名の地元の名士的なムッシュが並び、みんなで熱唱するピエールを見守った。最初は数人の客だったが、終わりの頃には席が埋まった。
ぼくは曲が終わるたびに、ブラボー、と拍手喝采をした。
エディット・ピアフの「バラ色の人生」とか「オーシャンゼリゼ」を彼が歌いだしたので、ぼくも一緒に歌ってしまった。みんなが笑顔になった。
客席と一体になり、お年寄りから若いカップルまで様々な人たちが楽しめる、その町のライブだった。
仕事があったので、最後まで観劇が出来なかったけれど、出る時に、
「モンアミ(わが友よ)いい旅をな」
と言い残し、彼の肩を叩いて店を出たのだ。
素晴らしい、一夜であった。楽しかった。
素晴らしい友人である。

つづく。

今日も読んでくれてありがとう。
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辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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