JINSEI STORIES

滞仏日記「ぼくの噂話をわざわざ言いに来るにんげん登場。邪気払いに病院へ行く」 Posted on 2022/05/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、「犬の気持ちになってみなさい」とぼくを叱ったマダムの意見にも耳を傾けなければならない、と思い、古いハーネスを再び使っているのだけど、他のわんちゃんたちのように、ぜんぜん、歩いてくれない三四郎。
歩道で立ち往生するぼくを横目に、すたすたと歩いていく他の犬たち。羨ましい。
「三四郎、なんで歩かないの? やっぱり首輪がいいのかな」
そこに首輪をつけたミニチュアダックスフンドがやってきた、おおお、スタスタと歩いている。おや、とその飼い主さんと目が合う・・・。
「実は・・」
田舎で、「犬の気持ちになりなさい、ハーネスがあるわよ、ハーネスを使いなさい」と叱られたことをそのムッシュに語ると、
「あのね、胴長短足だから、ハーネスがこの犬種にはむかないのかもしれないですね。うちのロンもハーネスだと歩かないです。叱られても、この子たちのことを考えたら、歩いてくれた方がいいですから、気にしないで、首輪に戻したらどうですか?」
言われた。ううう、優しい・・・。
救いの神であった。首輪でいいんだ、と納得した父ちゃん。
明日からは再び、首輪に戻そう。
他人は他人、気にしていたら身が持たない。ですよね?

滞仏日記「ぼくの噂話をわざわざ言いに来るにんげん登場。邪気払いに病院へ行く」

※ ハーネスに戻したけど、歩かない。。。。歩いてよ、というと、振り返って、こんな目をするサンシー。



身が持たないと言えば、先日、遠方からわざわざやってきた仕事関係の人がいたので、ぼくの友人の一つ星レストランを頑張って予約してご招待したのだけど、お酒のせいなのか、途中からぼくへのある種の口撃がはじまった。
「辻さんは、昔からずっと女の人のうわさが絶えないですね。こっちで仲良くなった在仏の方々からいろいろと女性関係の話を聞きましたけど」
といきなりからまれたのであーる。
「昔からずっと?」
聞き捨てならない。
実はその人物、口が悪いので、ぼくは最初から警戒していたのだけど、まさか、という場所とタイミングで、・・・始まったのである、笑。
「ええ? その女性って、誰ですか?」
「さあ、若い女性ですってよ」
「若い女性、心当たり全くないですけど、あなたの知り合いなの? その人はどなた? あなたはその人から直接そのことを聞いたんですか?」
「いいえ。こっちの日本の知り合いが・・・」
どういう知り合いだろう、ろくでもない人間に決まってる。相手にしちゃだめだ、と自分に言い聞かせた父ちゃん・・・。
しかし、この仕事相手が、にやにや、品のない顔で笑うのだ。
こういう含み笑いの顔とか、耐えられる人間など、いるだろうか?? 
何を面白がってるのだろう。やれやれ。
こういうのを死ぬほど経験してきたので、離婚時の記憶がよみがえって、神経がささくれだった。またかよ、いいかげんにしろよ。
この人が仕事の依頼者でぼくは仕事を請け負う立場だから、法律的にはパワハラが成立するんじゃないだろうか、と思った。
ぼくの体調が悪くなったら、弁護士に相談した方がいいかもしれない。
ニタニタ笑う、この人のふるまいは、品がなく、おぞましい。
「一つ、聞いていいですか? その、ぼくと噂があったというかつての女性とあなた面識あるんですか?」
「いいえ」
堪忍袋というのがあるが、それが切れるのじゃなく、堪忍袋が燃えて消滅した瞬間でもあった。
「知らないのに、誰かが言ってる噂を本人にそのままおもしろおかしく言うの、間違えてませんか? 人間として、変じゃないの? ぼくを怒らせたいから、きっと、わざと言ってるんですね。それはなんで?」
「だって、みんなそう言ってますもの」
「みんなって誰ですか?」
これは暴力だなぁ。頭に来る。酷い話だ。
目の前に日本人のシェフがいる。そこはカウンター席なのである。うしろに日本のお客さんもいる。
シェフが目の前で全部、聞いている。関わらない方がいいですよ、という目くばせをされたので、一度は、黙った。

たしかに、くだらない人間は多い。
離婚の時もあることないこと捏造されて、週刊誌が飛びつき、ぼくだけじゃなく、息子にまで被害がおよんだ。少年法とかあるだろうに・・・。
もちろん、ぼくのような生き方をしているから、ぼくを揶揄うのは面白いのだろう。
昔、2チェンネルとかで、本当によーく、酷いことを書かれたなぁ。笑。

滞仏日記「ぼくの噂話をわざわざ言いに来るにんげん登場。邪気払いに病院へ行く」



しかし、62歳にもなって雇い主にこんなこと言われて、黙ってるのも癪に障る。こんな仕事、引き受けない。
ぼくはそこから、この人に猛反撃した。
根拠はなに? 証拠を示してよ。
すると、その人は「じゃあ、調べて、その人を特定してきますね」とぬかした。
特定もしてない、噂話をなんで、こういう場所で言いふらして、ぼくを怒らせるのだろう??? わざわざ、素敵なレストランにお招きしているのに。 
「あなた、失礼だ!!」
途中から激高したぼくに、その人はやばいと思ったのか、ものすごい顔つきで言い訳をし始めた。訴えられると思ったのかもしれない。
ぼくはもう、こうなると、話にならないし、仕事とか出来ないので、時間の無駄だから、席を立ち、出ていくことにした。出ていくしかないよね・・・。
人間として、腐っとる。

滞仏日記「ぼくの噂話をわざわざ言いに来るにんげん登場。邪気払いに病院へ行く」

※ ぼくのパパしゃんを舐めるなよ。by サンシー



星付きレストランのシェフには、いつか謝りに行かないとならない。
満席だったので、他のお客さんたちに迷惑をかけた。
二人、日本人の方がいた。フランス人にはわからないだろうが、日本人には内容が筒抜けである。
本当に、申し訳ない。申し訳ない・・・星付きレストランなのに、騒いでしまい・・・。
けれども、人間というのは不気味である。
人が面白おかしく言いふらしている陰口を、面白おかしく本人に言いにわざわざ遠方から言いに来て、しかも、店中に迷惑がかかるほど、自分に非がないとか大声で反論し、(のちに別の人を介して謝罪してきたけど、謝罪するなら最初から言うな!)、だって、みんな言ってるんですもの、と一点張り。
言ってるのは、あんだだよ。呆れる。

滞仏日記「ぼくの噂話をわざわざ言いに来るにんげん登場。邪気払いに病院へ行く」



なので、今日は、その人の上の方に朝一番で電話をし、「残念ですけど、その人とは仕事も出来ないし、二度と関わりたくない」とお伝えした。
ぼくは精神安定剤を飲まないとならないほど、気分が悪くなったが、そのぼくを労わってくれたのは、三四郎であった。
今も、ぼくの横でズボンを舐めている。癒される。人間は怖いが、動物は裏切らない。これは真実なのである。

つづく。

ということで、かまびすしい時代ですが、今日も読んでくれてありがとう。
その後、ちょっと自分が心配になり、心と身体のバランスを保つために、専門のドクターに行き、いろいろと診てもらいましたが、「ま、人間界はそんなもの、大丈夫、良く寝てください」と言われ、ちょっと肩をもんでもらい、今は、ベッドの中・・・。笑。
皆さんも、陰口、悪口には気を付けてください。
ともかく、三四郎と田舎で静かに生きるのが一番ですね。
さて、父ちゃんからのお知らせです~。

辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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