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滞仏日記「ぼくの生徒たちです、とカフェのモジャ男に紹介したのだ」 Posted on 2022/06/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、うちの息子の高校の校長先生からは予想通り返事はない。あはは。拙い抗議文だったからか、もうすぐ卒業だからか、もう関係ないということなのかな。ま、様子をみよう。とりあえず、息子よ、自分の人生なのだから、先生たちの意見に左右されずに道を決めてほしい。そんな息子問題の真っ最中だが、今日、16時に学生の山岡くんとカフェで待ち合わせた。10分前にカフェについた責任感の強い父ちゃん、笑、日本から学生が来るというので、遅刻しないように行ったのだが、メールを確認したら、
「辻さん
こんにちは、
現在向かっておりますが、20分ほど遅れて到着してしまいます。
大変申し訳ございません。。
よろしくお願いいたします。
山岡」
と入っていた。げ、と固まった父ちゃん。
そもそも、この学生さん、ぼくは会ったことがない。実はぼくが主宰する新世代賞、去年から、(ぼくがコロナ禍で帰国できなくなり)小田急電鉄さんとシモキタカレッジの皆さんと共同主催で開催している。
シモキタカレッジは下北駅前にある学生寮で、ふたを開けてみると、ものすごく行動力がある学生さんたちの根城であった。
山岡君は新世代賞のメインスタッフではないが、陰で手伝ってくれていたのだとか・・・。シモキタカレッジの人から、「日本からこの時期に学生がいくので会ってやってください」と連絡が入り、日本行き直前で大忙しなのだけど、30分程度なら、ということで出かけたのであーる。
そしたら20分の遅刻、げげげのげ、となった父ちゃん!あはは。

滞仏日記「ぼくの生徒たちです、とカフェのモジャ男に紹介したのだ」



しかし、このウクライナ危機の時期に海外旅行をして視野を広げたいという学生たちを、在仏20年の日本の父ちゃんがむげに出来るはずもない。
未来ある学生たちは、みんな教え子同然である。
遅刻にはぎゃふんとなった父ちゃんだったが、やって来た彼らは素晴らしかった。山岡くんは文化服装の学生でデザイナーを目指している。もう一人の椎名君は早稲田大学法学部の学生で弁護士を目指している。うちの息子の話になった。
「辻さんは、息子さんのこと好きですよね」
いきなり直球の質問で面食らったが、そういうストレートで勝負してくるところが若者らしくていい。ああ、好きだよ、と直球で返しておいた。
「へー、いいなァ」と二人。
山岡君は大人しいタイプだが、副業(?)でやっている鯉のぼり制作が順調なようだ。見せて貰ったが、かなり立派な鯉のぼりであった。(一匹、1万円以上するのだとか。ふー)カフェのギャルソン、モジャ男が、わ、とそれを見て、驚いていた。
「ぼくの生徒たち」
とモジャに紹介すると、
「え? あなた、大学の先生なの?」
と返ってきた・・・。
「一応ですけど、教授です!」
関係ないけど、嘘は付けないので、そう言ったら、
「なんか、髪長いし、いつもふらふらしているから、何してるんだろうこの人、と思っていました」
と早口でまくしたてやがった。直球、上等。
学生たちは仏語がわからないので、とりあえず、ぼくの生徒ということにしておいた。あはは。すんません・・・。
しかし、そこから一時間以上、野外授業のような時間がはじまった。椎名君は好奇心溢れる子で質問がとまらない。頭の回転も速い。一方、山岡君は冷静沈着なデザイン系男子である。見た目も、そういう感じなのだ。椎名君はミュージシャンだから、
「パリが辻さんにどういう影響を与えたのか教えてください」
と質問の矢をがんがん放ってくる。
「なんで、パリだったんですか?」
そこでぼくはニューヨークで暮らした時の興奮する日々や、でも、自分の身の丈にあっているパリを選んだことなど、そうだな、まるで授業のような感じになった。
目を輝かせて、二人は真剣に聞いていた。
昔、京都造形大学でクリエイティブライティングのクラスをもっていた時のことを思い出した。楽しかった。学生たちには未来しかない。うちの息子も一緒だ。この子たちが日本や世界を支えることになる。
ぼくに出来ることは何だろう、と思った。
新世代賞、やっぱりやってよかったじゃんね。

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山岡君は、椎名君みたいに弁が立たないけれど、内側に持っているエネルギーは大きい子だな、と思った。椎名君はぜったい弁護士になるだろう。むしろ国際弁護士とかになってもらいたい。
「君たち、大事なことを言うぞ」
「はい」
「英語だよ。最低限、他の国の言語を一つくらい趣味でマスターしときなさい」
「趣味で?」と山岡君。
「そうだ、勉強しなきゃ、と思うと苦痛になって続かない。自分は英語が趣味なんだ、と思えば、ぜったい、上達するだろ? 好きこそものの上手なれ、だ」
「おお、そうですね」と椎名君。
あはは。父ちゃんはやっぱり、この子たちの先生なのだった。はじめての短い出会いだったが、この子たちの目の中に、光が宿っているのがうれしかった。やっぱり、若い人は未来しかないから素晴らしい。

滞仏日記「ぼくの生徒たちです、とカフェのモジャ男に紹介したのだ」



彼らは、昨日、ベルサイユ宮殿で、山岡君の作った鯉のぼりを風の中で泳がせてきたのだという。
いいね、じゃあ、パリ左岸でも泳がせようじゃないか、とぼくが提案した。
「え? いいんですか」と山岡君。
「いいよいいよ、レッツゴー」と父ちゃん。
三人はモジャ男のカフェを出て、木漏れ日の美しいパリの歩道で、鯉のぼりを泳がせたのである。
道行く人々が微笑みを浮かべていた。すがすがしい学生たちだった。日本はまだ大丈夫そうだ!
この子たちが、風になる、と思った。

つづく。

ということで、今日も読んでくださり、ありがとうございます!!!
大和書房「息子のための料理教室」ですが、7刷りがかかりました。先月、6刷りがかかったばかりなので、嬉しいけれど、レシピ集ばかりが増刷されて小説家としては焦っている日々ではあります。ぼくの小説は一般受けしないので、仕方がないですね。( ノД`)シクシク…
さて、お知らせです。
その新世代賞、25歳以下の若者を対象にしたアート&デザイン&カルチャーの新人賞、今回、第六回の募集がスタートしました。血気盛んな諸君、どんどん、飛び込んできてほしい。賞金以上のものがここにはありますよ!!! 
詳しくは下のバナーをクリックください。

https://www.designstoriesinc.com/worldfood/shinsedai6/

そして、マガジンハウスから発売前に1位になった「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」ですが、やはり想像通り、今はぐんとおちて、総合34位だそうです。やっぱり~。そんなうまくいく人生ばかりじゃないですね~。しかし、まだ発売前だ。明後日に、迫ってきました、発売日。ぜひ、書店で!!!
他にもいろいろとありますが、今日のところは、ここまでにしときます。えへへ。

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