JINSEI STORIES

滞仏日記「やっぱりキッチンはぼくの聖域。すると三四郎がまたまた仕出かした!」 Posted on 2022/08/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子は日本に向けて帰仏の旅路に入ったようだ。慌ただしくなる。
ぼくはまだ相当、疲れている。夏を2か月間、駆け抜けたからである。
そこで、元気になるには料理だろう、と思いついたぼくは、自分を取り戻すべく今日は「冷たいトマト」料理を作ることにした。
三四郎を散歩に連れて行った帰り道、マーシャルの八百屋で「トマト」を買った。
無性にトマトを食べたくなる時がある。それも、冷やしトマトであーる。
マーシャルが帰ろうとしているぼくに「友だちが作っているブラータをどうぞ」と言って、うまそうなブラータチーズをくれた。(ブラータはモッツアレラチーズに生クリームが入っている柔らかいチーズなのだ)
そこで、ぼくはぼくを取り戻すために、キッチンに立ち、料理に集中した。
冷やしトマトの冷製カッペリーニを頭の中にイメージしたのである。
冷凍庫にマグロがあった。
よし、美味しいものを食べて、人生を復活させてみせるぞ!!!

滞仏日記「やっぱりキッチンはぼくの聖域。すると三四郎がまたまた仕出かした!」



トマト、玉ねぎ、をみじん切りにし、ボウルにぶちこんで、ブラータとオリーブオイルなどでソースを作った。
思い付く限りのスパイスをいろいろと放り込んで、味見・・・。うほ、おおお、うまーい。冷凍庫から取り出したマグロをタタキにして、スライスしたトマトの上に載せ、ブラータを飾り付けた。
カッペリーニを茹で、冷やしてから、ボウルに入れて混ぜ、味見を繰り返し、納得のいく味まで高めていった。
よし、素晴らしい。これが、本日の父ちゃんのランチ、冷やしトマトの冷製カッペリーニ、マグロのタタキ添え、であーる。
あはは。よく冷えた、ドラピエのブリュットナチュール(ゼロ・ドサージュ)をフルート・グラスに注ぎ、いただきまーす。
おおおおお、やべー。これはうめーー。
「くううううん」
「ダメー。さんちーにはあげないよー」
すると、クー、と唸りながら、後ろに下がった。かわいいけど、癖になるとよくないから、ノーノ―サンシー、としかめっ面で、かぶりをふった。
「クー、クーン」
さらに後ろに下がり、顔を斜めに傾げた。訴える目をしている。
「自分、さっき食べたやん。ごはん食べたばっかりでしょ?」
「クゥゥーーーン」
壁際まで下がって、訴える視線。かわいいけど、ダメ。
玉ねぎ入ってるから、犬には無理。
無視していたら、いなくなった。諦めも早いのであーる。
ぼくはトマトを味わった。マーシャルのところのトマト、甘い、最高であーる。

滞仏日記「やっぱりキッチンはぼくの聖域。すると三四郎がまたまた仕出かした!」

滞仏日記「やっぱりキッチンはぼくの聖域。すると三四郎がまたまた仕出かした!」

※ いろんな角度で、撮影をし、楽しんでいる父ちゃん・・・ふふふ。楽しい。美味しい、素晴らしい。人生の3原則なり、、



食事が終わり、三四郎があまりに静かなので気になり、三四郎の部屋を覗くと、
「ぎょええええええええ」
長椅子が破壊されているではないか? 
クッションが全部剥がされていて、それが床に転がっていて、しかも、その中心に染みが・・・。
「ぎゃあああああ、お前さん、ここに、おしっこしたのか、ここに?」
「だって、ムッシュがぼくを無視するから」
「無視じゃないよ。どうするんだよ、これ!!!」
ということで、かなり激怒した父ちゃん。三四郎は遠くをむいて口笛をふいている。
かっちーーーーん。久々の、かっちーんであった。
「じゃあ、もう、この椅子はクッション無しじゃ!!!」
ということで、マットからカヴァーを外し、洗濯機にぶち込んで、ボタンを押した。
中のスポンジは太陽の当たる場所で、干して・・・。マットのなくなった骨組みだけの椅子の枠が残った。
「いたずらっ子め。しばらく、マット無しで、反省しないさい。悪いことばかりしやがって」

滞仏日記「やっぱりキッチンはぼくの聖域。すると三四郎がまたまた仕出かした!」



マントさんの椅子は破壊するし、NHKの方がくれた人形は一晩で食いちぎられてしまったし、相手をしなかったら、長椅子を壊しておしっこをひっかけるし、もう、とんでもないいたずらっ子なのであーる。
せっかく、美味しかったカッペリーニも台無しになり、頭を抱えながらキッチンに行き、お皿を洗った父ちゃんなのであった。
結局、美味しかったのだけど、どっと疲れて、寝込んでしまう・・・。
明日は息子が帰って来るし、月曜日には息子の部屋の引っ越しも決まった。
水曜日に地球カレッジもあるし、ここの引っ越しもあるので、怒涛のような晩夏を乗り切らなきゃ・・・。そして映画とライブで吸い取られた体調と気力をなるはやで取り戻さないとならない。
ぼくは三四郎の前に座り、
「なァ、三四郎、頼むからちょっとパパしゃんの気持ちも考えて、助けてくれよ。新しいアパルトマンに移ったら、遊んであげるから」
とお願いした。
「クーゥ」
三四郎は首を傾げて、考えたふりをしている。
やれやれ、先が思いやられる夏の終わりであった。

滞仏日記「やっぱりキッチンはぼくの聖域。すると三四郎がまたまた仕出かした!」



つづく。

ということで、今日も読んでくれて、ありがとうさまです。
ジャパンストーリーズの創刊に向けて、慌ただしく動いていますし、フランスでのレコーディングが始まるので、その打ち合わせなども間もなく始まるし、息子は大学生活をスタートさせるし、映画「中州のこども」の編集作業も、少しずつやっているし、新世代賞の審査員も決まりましたし、とにかく、父ちゃんは相変わらず休むことのない回遊魚なのでした。横浜ビルボードの映像は、なかなか、素晴らしい出来栄えなので、これも早めにアップしたいのだけど、何せ、身体は一つだからねぇ・・・。がんばります。お楽しみにね!!!

地球カレッジ

滞仏日記「やっぱりキッチンはぼくの聖域。すると三四郎がまたまた仕出かした!」



※ そして、新世代賞の閉め切りは9月2日、9月2日でございます!!!

第6回 新世代賞作品募集
自分流×帝京大学