JINSEI STORIES

滞仏日記「ぼくは新しい病に見舞われ、毎日、作り過ぎたごはんを眺めている」 Posted on 2022/09/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくは、きっと、わかっていて、三四郎を育てることにしたのである。
今日、田舎道を三四郎と歩きながら、そのことに、気が付いたのだった。
つまり、長年、育てて来た息子の十斗が、大学生になって、家を出た。
そのうち社会人になり、結婚をして、家族を作る。
いずれ、十斗も自分の家族を持つ。息子に迷惑はかけられない。だから、父ちゃんは、そっと、生きているのであーる。
いつか、ぼくはぼくで生きる人生を作らないとならない。結婚にはむかないので、パートナーが出来るか、未知ではあるが、(性格が難しいからね、みんな離れていくし、あはは)もしかすると、ずっと一人で生き続けるかもしれない。おお、寂しいぞー。
ただ、十斗が大学生になるのはわかっていたから、寂しくなる前に、手を打たないとならないと思い、子犬を探した。そうだ、その通り、間違いない。
ぼくは、昔から、人の面倒をみるのが大好きだった。
料理も好きだし、(掃除は嫌いだけど、普通の男子の中ではやる方かもしれない)誰かのために尽くすのが好きなのだ。
やり過ぎて、嫌われる、というのはあるかもしれんね。えへへ。
ともかく、ああだこうだ、世話をしてきた息子が巣立ったら、途端に、ロスに見舞われるのじゃないか、と心配をして、コロナ禍のはじまりの頃から、子犬との生活をイメージしていて準備してきた。三四郎、すまない・・・。感謝であーる。
そして、今、ついに、その時がやってきた。

滞仏日記「ぼくは新しい病に見舞われ、毎日、作り過ぎたごはんを眺めている」



息子は大学都市の近くにアパルトマンを借り、一人暮らしをスタートさせた。
日本円で20万円を超える初任給で給仕のアルバイトをしながらの学生生活だ。
勉強、音楽、仕事、友人関係と忙しくなり、きっと、家には寄り付かなくなっていく。
ぼくはそのことも見越して、田舎に小さなアパルトマンを買った。
今、そこでこの日記を書いている。
そんなぼくの、実に、ちょっと困った病気が併発した。
つまり、長年、大量に料理を作ってきたので、つい、食材を多く買ってしまう病なのであーる。大量飯病だ。
「そうか、あいつ、もういないんだ」
ぼくは多めに作ってしまったパスタを見下ろしながら、溜め息をつき、残りを冷蔵庫にしまうのだけど、結局、翌日も食べきれなくて、げんなり、という日々にいる・・・。
そこで、ここ数日、ぼくは一つの新しい目標を作った。
「残さない分量を作る、一人飯分量人生である」

滞仏日記「ぼくは新しい病に見舞われ、毎日、作り過ぎたごはんを眺めている」



これが、実に難しい。
というのは、育ち盛りの息子がいなくなって、分量の目安がちっともわからない。
前は、パスタでも、ざくっと握れば、見事二人分、180gを掴んでいた。
息子が110g、ぼくが70gという感じである。
一人なので、半分を目指して握ってたつもりでも、出来てみると、かなり大盛のパスタになっている。えへへ。
ごはんも、一合を炊くというのがなんか、寂しくて、1合半作って、残り一合は冷凍するものだから、冷凍庫がサランラップにくるまれた白米だらけに。
とまれ、一人で生きる分量飯の練習をはじめた父ちゃんなのだった。
そもそも、鍋とかフライパンが大きいのがいけない、と、大きなフライパンを息子に譲った。
ということで、まずは、小さなフライパンなどを買いに行くところから始めないとならない。(そういえば、二コラ君やマノンちゃんからも連絡がない。新学期がはじまって、彼らも新しい人生で忙しいのかなぁ、寂しいなぁ)
ま、なんとなるでしょう・・・。慣れるしかない。

滞仏日記「ぼくは新しい病に見舞われ、毎日、作り過ぎたごはんを眺めている」



・・・慣れるか、どうやって?
ま、子育てにも長い年月がかかったので、ここからは、自分育てにやはり長い時間をかけないとならないかもしれない。
まずは、一人飯分量になれなきゃ。
これがねー、ご飯、半膳も食べないのだから、炊飯器も不要になっている。だんだん、料理もしなくなるのかもしれない。
NHKの「パリの秋ご飯」の撮影をしないとならないのだけれど、誰に向かって料理をすればいいのか、NHKさま、わからないのであーる。おほほ。
知り合いとか、友人とか、ママ友とか、アドリアンとか、毎日、誰かを家に招いて、料理でもすればいいのだけど、息子は血が繋がっているから、ま、苦じゃないけど、他人はね、やっぱり気疲れするんだよね。人間嫌いな父ちゃんなもので・・・。いひひ。
ということで、今日はタイ米をちょっと炊いて、ゴマ塩をかけて、残りものの鳥野菜スパイス煮込みを小皿にいれて、ういきょうのおしんこを添えて、はい、いただきまーす。
「さんちゃーん、美味しいよー」
と振り返ったら、三四郎は寝ておりました。あはは。



つづく。

ということで、今日も読んでくれて、ありがとうございます。
小説を書いて、映画の編集をやって、レコーディングの準備をやって、今は、創作の鬼なのです。三四郎の世話ができるだけでも、寂しさは紛れます。はやく、ライブやりたいなぁ。皆さん、会いに来てね。あのライブの一体感、幸福だよねー、今一番楽しい仕事かもしれません。
さて、そんな父ちゃんの小説教室、第二弾を、9月24日(土)に開催いたします。この後、詳細を報告いたしますので、予定にいれといてください。今回の課題のテーマは「食べるもの」「食について」の小説です。「一杯の掛け蕎麦」のような食べることをモチーフにした掌編小説、もしくは長編の冒頭を、原稿用紙10枚以内で。締め切りは9月20日。書き始めてくださいませ。詳しくは、下の地球カレッジのバナーをクリックください。

地球カレッジ



自分流×帝京大学