JINSEI STORIES

日曜美術館日記「モノクロームなパリの右岸を三四郎と歩く」 Posted on 2022/12/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、映画のようなモノクロームのマレ地区を歩いた。
ポンピドーセンターから一筋中に入った滅多に行かないような場所に、知り合いのオフィスがあり、ちょっと顔をだした。
ビルの最上階にある彼のオフィスに通された。
友人はその一角で仕事をしている。
軽い打ち合わせをした後、テラスに案内された。360度、パリの屋根が連なっている。
まるで映画のよう、溜め息がこぼれた。
この灰色の屋根が好きだ。ジャズが似合うようなグレイの世界であった。
「すごいね。この光景」
「晴れているパリもいいけれど、こういう灰色の世界もいいだろ?」
ぼくは見とれた。2001年、ぼくはこの辺で最初、アパルトマンを探したのだ。
でも、結局、いろいろとあって、左岸に落ち着くことになる。
あの屋根裏部屋なんかで生きていたら、ぼくはどんな人生を生きていたことになったのだろう、なんて想像をしながら・・・。

日曜美術館日記「モノクロームなパリの右岸を三四郎と歩く」

日曜美術館日記「モノクロームなパリの右岸を三四郎と歩く」



小雨が降りはじめた。
ぼくは友人のオフィスを出ると、家に戻らず、少しのあいだ、マレを散策することにした。
出不精なので、仕事じゃないと右岸を歩くこともない。雨脚が強くなってきたので、一瞬、カフェに逃げ込んだ。
この辺のカフェの店員さんたちは陽気だ。夜の街だから、昼間は誰もいない。
「何か飲む?」
「いいね。コーヒーとか?」
「もちろん、あるよ」
ギャルソンはニヤッと笑った。左岸のぼくが暮らす地区のギャルソンは黒ズボンにベストという昔ながらの格好だが、マレのギャルソンは「そこらへんのあんちゃん」という出で立ちで、もの凄く気さく。
友だちの家に来たような感じで接客してくれる。
「寒いし、雨だし、何しに来たの?」
「え? ああ、人に会いに」
「でも、静かだから、この世界を独り占めできるね」
「悪くないね、絵画みたいだ」
「もしかして、あんた芸術家?」
「何をいまさら」
ギャルソンが笑った。三四郎に水を出してくれた。
「これ、サービスしとく」
「いいね、ありがと」
この辺は、街のそこかしこにアートがある。
ちょっとした落書きのようなものが、街角に描かれてあって、馴染んでいる。
そこら中に無名のバンクシーが。
ちなみにぼくはあんまりバンクシーの良さがわかってない。

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マレ地区の細い路地を見つけたので、そこへもぐりこんでみた。
パリとは思えない、静かな世界が広がっている。
詩のひとつでも紡ぎたくなるような空間だ。
そういえば、ぼくはもうずいぶんと長いこと詩を書いてない。
なんでだろう、と思わず立ち止まってしまった。
きっと、時間を奪われているからに違いない。
経営者はお金持ちで、詩人はお時間持ちかもしれない。
静かな時間がそこには流れていた。
三四郎が、枯れ葉と戯れている。
さて、どっちに行こうか、ぼくは悩んだ。
悩むのがうれしい。
滅多にないことなので、この瞬間的な迷子を喜ばないわけにはいかなかった。

つづく。

今日も読んでくださって、ありがとうございます。
日曜日、皆さんものんびりと過ごしてみてください。たまには、芸術家とか詩人になってみるのも悪くはないです。
12月22日、今度は左岸のぼくの街を散策するので、ご興味ある皆さん、どうぞ。詳しくは下のバナーをクリック。 

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日曜美術館日記「モノクロームなパリの右岸を三四郎と歩く」



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