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パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」 Posted on 2023/03/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、早起きをしたので、仕事の前に、三四郎とノートルダム寺院まで散歩した。
今、「三田文学」という文芸誌で「動かぬ時の扉」という終わらない長編小説を執筆中なのである。
その舞台がノートルダム寺院なのだ。
正確に言うと、ノートルダム寺院があるシテ島の対岸にあるサンルイ島のル・グラティエ通りが舞台の物語・・・。
なんの変哲もない、島を突っ切る形の狭い路地なのだけど、ここから時間はねじれ、世界が瞬きの瞬間の中へと収縮する。
作家として、時間を湯水のように使って書くことを決意した小説で、だから、終わりを決めていない。
三田文学での連載がいつまで可能かわからないのだけれど、場所を移すことになってもだらだらと書き続けたい作品なのである。
終わらない時の物語だ。

パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」

パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」

パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」



何度か取材をして執筆を開始したのだけど、正確さに欠けると思い、改めて現地を取材しておこうと思ったのであった。
小説内時間がどんどんねじれてきたので、取り返しがつかなくなる前に・・・。
車はシテ島の袂に停めた。
そこからぼくと三四郎は橋を渡って、サンルイ島へと渡った。
小説で書いてきたので、頭の中に地図は出来あがっていたが、しかし、実際に歩いてみると、間違いや思い違いがかなりあった。
番地や、レストランの位置や、表札とか、壁の色味などが、やや異なっていた。
一番、驚いたのは、小説内のル・グラティエ通りのある場所が僅かにずれていた点である。それによって、主人公たちの目に映るノートルダム寺院がやや異なって見えるのだった。
ぼくは苦笑した。

パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」

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携帯で写真撮影をしながら、三四郎のリードを引っ張った。
サンルイ島は本当に美しい川中島なのである。
中心にかわいらしい店舗が並んでいるが、周辺には昔ながらの頑固な住人たちが暮らす静かな地区で、意外なことに観光客があまり多くない。
パリの中でも、ちょっと特別な人たちが暮らしている。
ぼくが暮らす庶民的な地区の人とは違い、同じ犬連れでも、無言だし、表情を変えない。
冷たいというのではなく、高齢なのだ、心も何もかも。
そこは小説に書いた通りで正しかった。
三四郎に近づいてきたジャックラッセルの飼い主に「ボンジュール」と言ったが返事はなかった。
犬同士は挨拶をしていたが、お婆さんはぼくを突き抜け、セーヌの川底を見つめていた。
ぼくの小説に登場するマダムQにそっくりだったので、嬉しくなった。
小説が生き生きとそこで立ち上がった。これが古いパリなのだ、と思った。
進歩的なものを排除する感じ、人と関わらない古い社会の断層みたいなものが、聳えている。素晴らしい。
ぼくはこれを取材したかった。

パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」

パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」

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サンルイ島からシテ島に戻る橋のあたりで観光客の人たちが次々、三四郎に笑顔を向けてきた。
この笑顔とあの冷徹な顔の差にぼくはぞくぞくした。目の前にカトリックの中心地であるノートルダム寺院が聳えていた。
オリンピックまでにこの修復工事が終わっているはずだった。
三四郎を抱きかかえ、ノートルダム寺院だよ、と教えてあげたが、興味なさそうだった。
何度もリードを引っ張ったが、行きたくない、というので、仕方がないからぼくは車に戻ることにした。無理やり連れて行く必要もない。
遠くからぼくはノートルダム寺院を眺め、想像の翼を広げた。
明日から、新しい章の執筆を開始する。
いい取材が出来た。この世界の時間のからくりを暴いてやりたい。

パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
パリは観光地なのです。でも、そこにも古くから暮らしている住人の方々が住んでいるのです。彼らは幼い頃からここにやって来る観光客と向き合っています。通り過ぎていく観光客の笑顔とは別の、この土地に根差す人たちのある種の歴史的な重みみたいなものが、ぼくにはよく見えます。つまり、とっても楽しい小説家の時間でした。オランピア劇場でのライブに向かう日々にいながら、執筆の手が緩むことはありません。コツコツ、コツコツ、と書き進めていきますね。
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パリ日記「三四郎と執筆中の小説の舞台、ノートルダム寺院まで散歩した。サンルイ島探訪」

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