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滞仏日記「日本でマスクが買えません」 Posted on 2020/02/01 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、急な仕事のために日本入りしたが、とりあえず新型肺炎も怖いし、普通にインフルエンザにもかかりたくないのでマスクを買いにコンビニに行ったら、おっと、どこにもない。そこで別のコンビニに行ってみるのだけど、ない。ここでちょっと危機感が芽生え、走って周辺のコンビニを探し回ったのだけど、見事に全滅であった。スタッフさんに電話をしたら、買い置きしている分をお分けします、と言ってくれたので、とりあえず一安心。ないかもよ、と言われていたけど、ここまでだとは正直思っていなかった。

滞仏日記「日本でマスクが買えません」



石油ショックの時にトイレットペーパーが買えなかった時のことを思い出した。外国の人たちが優秀な日本のマスクを買い漁り、そこが引き金となって、とりあえず新型肺炎もどうなるかわからないし、買いだめしとかなきゃ、という心理になったのだろう。コンビニで働く中国の店員さんに訊いたら「注文しても在庫がないんです。二週間かかります」と言われてしまった。フランス人の仲間たちにマスクの爆買い特命を頼まれての来日だったが、どうやらお土産に出来そうもない。やはり情報が見えにくいせいもある。医療体制が整って、清潔な日常を心掛けている日本だから武漢のようなことにはならない気もするけど、武漢で実際に何が起きているのか分からないだけにみんな不安なのである。封鎖された武漢の映像のインパクトは間違いなく世界中に衝撃をもたらせている。

人権を重んじるフランスでさえ起こり始めているアジア人への差別の方が心配である。イタリアの名門音楽院が新型肺炎の拡大を理由にアジア人の授業出席を禁止にした。世界各地からアジア系への辛辣な差別が始まっているニュースがひっきりなしに届いている。欧米人には中国、韓国、日本人の区別がつかない(最近は本当にわからない)ので、アジア系=とりあえず新型肺炎の恐れ、のような見られ方になってしまう。うちの息子は今のところ大丈夫そうだけれど、たとえば不良の多い学校に通っている中国系の子などはいじられるかもしれない。新型肺炎の拡大がさらに続くと、まず一番怖いのはこういう差別の過剰連鎖によるデマだ。ぼくがフランスに帰る週明け、空港でタクシーに乗せてもらえなかったらどうしよう。そこには中国人観光客もいるだろうし、どうなっているのか予想がつかないからである。アメリカは「中国を訪問した外国人の米国入国を暫定的に禁止」した。日本でもやっと新型肺炎が「指定感染症」に政令指定された。今後は、感染が疑われる入国者に検診や検査を強制できるとのこと。どちらにしても政府は各方面で迅速に、こちらは用心をしつつ冷静に対応していくしかない。ぼくはこれからマスクを受け取るために宿を出るが、マスクを手にするまでは出来る限り人込みを避けることにする。とりあえず「鼻うがい」だけはやっておくか。



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