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滞仏日記「交通事故にあった。フランスで車をぶつけられた時にやるべきこと」 Posted on 2023/11/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、交通事故にあった。
場所は、パリの環状線に入る手前の一般道で、ぼくが運転する英国車は軽い渋滞のせいで停車していたのだが、隣のレーンを走行していた車が、なぜか、ぼくの車に追突したのだった。
ボン、という大きな音が響き、軽い衝撃が走った。
後部座席に三四郎が座っていたのだけれど、振り返ると、目が合った。
パパしゃん、何があったの、という顔に見えたが、しかし、どうやら、無事なようだ。
何が起きたのか、こちらはわからない。ぶつけられたわけだから、まずは、怪我がないか、異変がないか、車内を見回した。ぼくも、大丈夫!
ぼくらが道を塞いでしまったので、周囲の車が、ぼくらを避けながら、通過していく。
このまま、道路を塞ぎ続けることは出来ない。やれやれ、と思った。
急いでいるのに、どこ見て運転してるんだ!
車を歩道側のレーンに移動させると、その車も逃げることなく、従い、ぼくの車の後ろにつけた。
フランスで事故ると、(人身事故のような大きなものではない、軽度の事故の場合)ぶつけられた方がまず、状況を自分の保険会社に報告しないとならない。(三日以内に)
次に、保険会社が相手の保険会社に連絡をし、事実関係を確認、その後、損害にあわせて、保険が支払われる仕組みだけれど、ぶつけられた方も200€くらい払わないとならない。
なんでやねん、という話。
このくらいの事故はあちこちで起きているので、警察もとりあってくれないので、自分たちで解決するしかない。

滞仏日記「交通事故にあった。フランスで車をぶつけられた時にやるべきこと」

※ こんなに広い道路なのに、なんで追突するんだろうね。わき見運転していたんだろうなぁ。ぼくの車にぶつかったハーディさんの車がこちら。写真だとよくわからないですが、見えない側のタイヤの上がぐちゃぐちゃに凹んでました。それと、ボンネットも少し歪んで・・・。



軽自動車から出てきた男、ハーディさん(仮)は、胸に会社の名前が書かれたジャケットを着て、なんと、チュッパチャプスを口にくわえていた。
チュッパチャプスである!子供じゃあるまいし。
事故を起こしたくせに、飴を口にくわえたまま、出て来て、謝りもせず、なんとなく挙動不審な動きをしている。もじもじ、そわそわ。フランスは、ごめんなさい、と言った方が負ける仕組みなので、ぜったいに、謝らないのだ。
ごめんなさい、と言ったら、さっき、謝ったよね、と言われてしまうのだ。
ハーディさん、2メートルはあろうかという、大きな男なのだった。
「ブレーキを踏んだら、スリップしちゃって。路面がぬれていたから、こうなった」
とまず、言い訳からはじまった。
フランス人はまず、言い訳からはじまる。絶対に謝らない。なので、こういう意見は無視するに限る。在仏20年選手なので、動じない。
「このバンパーはとりかえないとならないかもしれませんね」
と一応、ぼそっと告げておいた。
ギクッとしたチュッパチャップス男! 
次に、お互い、写真を撮らないとならない。事故現場が特定できるような写真、場所がここだと分かる写真。破損した部位の写真なども。
とにかく、ぼくは打ち合わせのため、20区の劇場まで行かないとならなかった。この人に付き合っている暇もない。
「じゃあ、あとは保険会社に任せよう」
彼の携帯番号を聞き、一度、メッセージを送信した。ハーディさんの携帯が受信をしたので、嘘の番号ではなかった。
暗かったので、どのくらいぼくの車が傷ついたのか、その時は、わからなかった。
とりあえず、彼の車の写真を撮りに行ったら、ボンネットも歪んでいた。
「会社の車?」
「え、ああ、そうだよ」
目が泳いでいる。片側3車線もある大きな道で、しかも、ガラガラだった。
どんな運転をしたら、ぼくの車にぶつかるのか、全く理解できなかった。
「とにかく、家に戻ったら、損傷部分の写真をとって、送るよ」
と言って、分かれた。
チュッパチャプスを舐めながら、携帯で誰かと話でもしながら、もしかしたら酔っていたのかもしれないし、事情は分からないが、集中力の欠いた人物のようであった。
もっとも、悪そうな人ではなかったが、最後までチュッパチャプスを舐め続けていた。しかも、そのチュッパチャップスが、残り少なかった。
時々、チュッパチャップスを、話す時などに、口から出す。そのチュッパチャップスがかなり溶けており、飴の先から白い棒の頭が飛び出していた。
捨ててから出て来いよ、とうんざりした。
この人がどういう人間なのか、だいたい想像がついた。
この事故のせいで、彼の次の保険料が跳ね上がるかもしれない。会社の車を大破させたので、上司に叱られるかもしれない。保険は会社の保険だろうし。
でも、それはぼくの知ったことではなかった。
「ぼくは仕事がある。あとは保険会社から連絡させるね」
そう言い残して、ぼくと三四郎はそこを離れた。

滞仏日記「交通事故にあった。フランスで車をぶつけられた時にやるべきこと」

※ この時は、どれがその傷かわからないので、一応、写真を撮ったけれど、結論から言うと、笑。



結論から言うと(結論から言ってないじゃないか!)、夜、家に戻って車庫の明るい光の中で確認をしたら、ぼくの車の被害は3センチ程度のスリ傷だけだった。それだって、いつの傷かわからない。
たぶん、ぼくの車の後部バンパーの角に、体当たりしたのだろう。一番頑丈な部分で助かった。
それにしても、なんて頑丈な車だろう!
なので、ハーディさんに、「こちらの破損は大したことなかったから、保険会社には連絡しないことにしました」とメッセージを送っておいた。
すると、まもなく、
「ムッシュ、ほんとうに今日は大変な思いをさせてすみませんでした。たいしたことがなくてよかった。誠意に感謝します。ハーディ」
と来た、チュッパチャップス男から。笑。
要は、なぜ、彼が挙動不審だったか、というと、ぶつかった相手がマフィアだったら、こうはならない。とくに、ぼくらが事故った辺りは、ちょっと危険な地域でもあった。
あくどい連中だったら、いろんな理由を上乗せされ、要求されたはずだから。
たぶん、アジア人のロン毛のおやじで、何者かわからなかったから、おじさん、挙動不審だったのかもしれないね。
チュッパチャップスで、不良感を演出していたのだろうか。そこ、謎。

滞仏日記「交通事故にあった。フランスで車をぶつけられた時にやるべきこと」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
こういうことがあるし、ノルマンディとパリをしょっちゅう往復しているので、今回、頑丈な車にして正解でした。皆さん、安全運転を心がけて今日も誠意と愛で生きてくださいね。ぼくも一生、安全運転で乗り切ります。
雨の日の事故でしたから、今日、おすすめのナンバーは、父ちゃんの「レイン」
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