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滞仏日記「年頃の男の子がすごいことしでかしたママ友からのSOS、父ちゃんの回答」 Posted on 2024/03/23 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ママとものYから泣きつくような電話があった。
「えええ、まじっすか」
聞いてひっくりかえった父ちゃんであった。
マダムYのお子さん(たぶん、13歳)が、親に内緒で親のアカウントから無断で、ゲーム課金をやっていた、らしい。
ゲーム課金というのは、パソコンゲーム内で、お金を使うことらしい。そういえば、息子もやっていた、マインクラフトなどに自分のお小遣いの範囲内で・・・・。
でも、マダムYのお子さんは、相当な額をつっこんでいたのだ。それも自分のお小遣いではなく、Yのアカウントから、どばどばっと・・・。
しかも、その金額が半端なかった。大人がひと月稼ぐ金額に匹敵する!!! それだけじゃなかった。そのアカウントの暗証番号も勝手に変えてしまっていたのであーる・ぱっちーの!!!

「え、まじ? すごいね、それ」
「アカウントの暗証番号も変えられていたから、入れなかったの」
「やばい」
「で、ものすごく怒ったんだけれど、ちょっと、どうしたらいいかわからない問題があるのよ、ムッシュ」

つまり、Yのご主人のAは、ぼくは会ったことがないが、噂では、めっちゃのめりこむタイプの真面目な男なのである。
運動オタクで、時間があると、身体を鍛えている。
この手の男性は、実直で、コツコツと人生を上り詰めていくことに美徳を持っている。
前にもちょっと書いたことがあると思うが、仲間たちと数百キロの自転車ツーリングに出かけ、3時間かけて、TGVで自転車抱えて帰ってくるような、そういう人間なのだ!
ストイックなことが好きすぎて、筋トレ中は、世界のあらゆることをシャットアウトして、家族がそのせいで、家に入れなくなることもあった・・・。

のめりこむタイプ、A!

「だからね、真面目だから、あの人、怒ると逆に怖いのよ」
「ああ、そりゃあ、わかるな。ストイックだからね」
「子供が不真面目なことやらかすと、雷親父になって、がんがん、雷を落とすタイプなの。曲がったことが嫌いなの。目標に向かってがんがん邁進するタイプ? だから、ゲーム課金していたことがばれて、しかも、私のアカウントを全部変えてしまっていたこととか、わかったら、どんなことになるか、不安なの」

なるほど。

「でもね、それはAさんに言わないとダメだよ」
「え、そんなこと、言えない。息子が殺されちゃうかもしれない」
「いや、そこを隠すと、あとで、子供にもよくないし、夫婦間にもしこりを残す。ここは、息子さんのためにも、父親的な怒りでしっかりとわからせることが大事なんだ」
「そうかしら」
「ああ、父親の役目だよ。その子に同じ過ちをさせないためにも、親を裏切ったことを自覚させるためにも、Aさんが厳しく叱らないと」

ということで、マダムYはぼくの提言に従ったのだった
ところが、であーる・ぱちーの。

滞仏日記「年頃の男の子がすごいことしでかしたママ友からのSOS、父ちゃんの回答」



夜、電話がかかってきた。
「それがね、Aに言ったら、怒る前に、落ち込んじゃったの。私が猛烈に怒っている姿を見て、珍しく、衝撃を受けたようで・・・」
ああ、よくわかる。ぼくにも似た経験があった。

ぼくは幼稚園の頃、母さんが、近所のお母さんたちと階段の踊り場で、談笑しているのを横目に、小銭入れから10円玉をぬきとっては、近くの文房具屋へ走り、絵の具とか画材を買っていたのだった。
がま口財布から、10円、20円を抜いて、ダッシュで近くの文房具屋に走っていたら、3往復目に、腕を掴まれた。うちの母ちゃんに! ゲッ。

「こら、ひとなり~! なんばやっとっとか」

それはそれはこっぴどく叱られ、ひとなり君は泣きながら、家を出ていくのだった。(この光景、長い年月が経ってもまだよく覚えている。夕焼けの空であった。

滞仏日記「年頃の男の子がすごいことしでかしたママ友からのSOS、父ちゃんの回答」



隣のおばさまが、追いかけてきて、ひとちゃん、大丈夫よ、帰りましょう、と連れ戻してくれたのだけれど、ぼくの心配は、母さんよりももっと怖い鬼の父であった。

「いいこと、お父さんが帰ってきたら、とことん、叱ってもらいますからね」

母さんの剣幕はおさまらなかった。怖かった。
ところがであーる。
父さんは母さんの剣幕を見て、珍しく手を出さなかったのである。
普段だったら、口よりも先にこぶしが飛んでくるような怖い九州男児だったが、ぼくは睨まれただけであった。
父さんの横で母さんが怒鳴り続けていたので、父は、黙った。
バランスを見たのかもしれない。
冷たい目でぼくは睨まれたが、殴られることも、お湯をかけられることもなかった。
見放されたのかな、と思った。

次の日も、次の日も、父は黙ったまま、会社にでかけていった。
それが逆に、とっても怖かった。
人間として、本当にダメなことをしたのだ、と思った。

「たぶん、Aさんはバランスを見ているんだ、と思う」
「バランス」
「二人で同時に怒ったら、息子君、逃げ場がなくなることをAさんはわかっているんだよ。それに、雷を落とすよりも黙る方がもっと怖いこともあるんだ」
「あ、なるほど」

その夜、Aさんがベッドに頭をつけて、うつぶせで寝ている写真が届いた。悲痛な眉間だった。人間の苦悩をここまで描いて切り取った写真は見たことがなかった。
父親の苦悩・・・。そんな風に育てたつもりはない、という暗い視線。

「でも、夫に言ってよかった」
「そうでしょ? そうやって、家族は欠落した部分をみんなで埋めていくしかないんだ」
「でもね、わたし、まだ彼に全部話してないの」
「何を」
「息子が使い込んだ金額とか」
「ああ」

それを知ったら、Aさんが自殺をするかもしれないので、ぼくは、そこは言わないでもいいかもね、とだけ苦笑しながら、言っておいた。言わない方がいいかな・・・。ね、みなさん。数十万円なんですから、日本円で!!!!!!

滞仏日記「年頃の男の子がすごいことしでかしたママ友からのSOS、父ちゃんの回答」



それでも、人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
男の子って、こういうことをするんですよね。ぼく的には、母さんの財布から小銭をとって画材を買ったあの日の自分がいたからこそ、叱られた自分がいたからこそ、今がある、と思っていますし、あの時の父がぼくを殴らないで、冷たい視線で見たことが、今のぼくを構成しているのだ、と思っています。Yの息子さんが今、どこまで反省したのか、そこが気になるところですが、親がこの問題をもって、苦しんでいる姿を届けることも必要ですね。父親をここまで苦しめたのが自分だとわかれば、彼は必ず生まれ変わると思います。そうやって、人間は軌道修正をしていく生き物なのです。がんばってください、Yさん、Aさん・・・。

さて、父ちゃんからのおしらせですが、
フランスツアーが6月に行われます。パリは、ベルビルにある老舗の劇場「Le Zebre」にて行われます。チケットが発売になりました。在仏、在欧の皆さん、お時間があれば、ぜひに。
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●6月30日、パリ、Le Zebre チケットはこちらから、どうぞ!
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https://billetterie.seetickets.fr/tsuji-in-paris-concert-le-zebre-30-juin-2024-css5-envolproduction-pg101-ri10301135.html

そして、7月3日、リヨン、La Marquise
チケットはこちらから、どうぞ!
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https://billetterie.seetickets.fr/tsuji-in-lyon-concert-la-marquise-peniche-03-juillet-2024-css5-envolproduction-pg101-ri10301835.html

●7月20日から7月28日まで青山・新生堂画廊にて、個展!
●7月後半から8月前半にかけて、日本ツアー、まもなく発表!
●9月後半、コルシカ、アジャクシオ、ライブ。(詳細、待って)
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

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