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滞仏日記「空気感染への対策、空気清浄機は役立つのだろうか?」 Posted on 2020/07/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、世界中の科学者239人が公開の書簡で、新型コロナウイルスは空気感染リスクがあることを、WHOに訴えた。WHOは常に判断も対応も遅く、多くの問題があることはこの日記でも何度も書いてきたことだけど、ふと、思うに、科学者たちはWHOに任せていたら、感染拡大を止めることが出来ないと思ったのであろう、彼らは結集し公開書簡という形で警告をした。科学者らの狙いは、WHOが認めることよりも、その警告を世界中にWHOにかわって届けることにあったのじゃないか、とぼくは思った。そして、今日、ついにWHOは密閉空間や混雑した場所ではそれが起こりえると示唆する科学的証拠、エビデンスがあることを認めることになった。さあ、大変だ。あっさりとこうやって、さらっと認めてしまうのがWHOなのだけど、なんでWHOは他人事のように自分たちから何かを提示することがないのだろう? WHO are you???



コロラド大学のホセ・ヒメネス教授はBBCに対し「何度も(WHOとは)やりとりをしてきた。でも科学的証拠に耳を傾けようとしなかったので、仕方なく公開書簡を突き付けたんだ」とびっくりするような発言をしている。239人の科学者がしびれを切らして、危機意識を持ってこういう風に抗議しなければ、WHOは認めなかったという風に、ぼくには読めるけど? WHOがダメな機関だというのはもう分かっているので、その話しは置いといて、問題は科学者たちが訴えた「空気感染」の脅威のレベルなのである。



だとすると、屋内における感染予防ガイドラインまで見直されないとならなくなることになるわけだが、そうであるならば、より積極的な換気ということが不可欠になるし、密閉した空間はダメだということになる。普通にレストランに食事に行って大丈夫なのか、とか、バーはどうなんだ、とか、そもそも、会社でオフィスワークが出来るのか、にまで話しが及ぶことになる。日本のビルディングは窓があかないし、密閉されている。最近、会社での感染が増えたというのをよく日本からのニュースで耳にする。フランスも冬になると寒くなるので、窓を閉め切るようになる。それは密閉ということだ。電車やバスの中も密閉だ。なんとかしなきゃ、と頭を絞った。日本に滞在する時、そのホテルには立派な空気清浄機があったことを思い出した。もしかすると、今時の空気清浄機はコロナウイルスを除去できるかもしれないのだ。そこで、ぼくは15区、エッフェル塔に近いボーグルネル地区にあるフランス最大手の電気店へと走った。

売り場の店員さんに、空気清浄機はコロナも除去するのか、と質問してみた。
「うーん、それはまだ、検証されてないので、応えられません」
という呆気ない返事が戻ってきた。
「ぼくの個人的意見だけど、たぶん、ちょっとは効くんだと思います。つまりウイルスを除去するのじゃなく、ウイルスを弱らせ、ウイルスが死滅する速度を速める効果は空気清浄機にもあると思いますよ、なんとなく。けれど、効果があっても、コロナに効くよ、とは書けない。医療医薬の法律があって、効果があるとは謳えないみたい。こんなことしか、言えなくてごめんなさいね。でも、結論からいうとムッシュ、バカ売れしているのも事実でして、空気清浄機、実は在庫が一台もないんですよ」
「えええ~? マジですか」
振り返ると、古いタイプの空気清浄機の見本が飾ってあるだけだった。
「各社、コロナウイルスを除去する専用の空気清浄機の開発に乗り出すみたいで、もう少し待つといいかもしれませんね。冬までに出てくれればな、と個人的には思ってます」
なるほど、と肩を落としていると、店員さんが、その向こうにある加湿器を指さして言った。
「あの、加湿器はどうですか? 乾燥する空間をウイルスは好むけど、湿度のある空間を彼らは嫌がりますから、有効ですよ」
「ああ、確かに。買います。ください」
ということで一台、加湿器を買ってしまった。喉にもいいので、ライブに向けて。



家に戻ってネットで調べたら、さすが日本、ウイルス対応の空気清浄機、各社出揃っていた。もちろん「花粉、ウイルス除去」とは書いているけど「新型コロナウイルスに効く」とは書かれていない。でも、フランス製を買うよりも、いい国産の空気清浄機がありそうだから、秋の帰国時に買って帰ることにしよう、と思った。ないよりはマシ、と言ったら大変失礼だけど、あれば心強い味方だと思う。会社が対応してくれないなら、小さいのを各自一台ずつ、足元に置いておくだけでもずいぶん違うのじゃないだろうか。ぼくは実は小型のパーソナルウイルス除去機を持っている。首からぶら下げるタイプのもので、効果があるのか、ちっともわからないけれど、笑、音もしないし、小さいし、でも、あると心強い。飛行機の機内で売っていたので、買ったものだけど、密閉した空間、電車とか飛行機に乗る時は必ずつけている。友人の哲学者アドリアンは、その小型のウイルス除去機を指さして、
「さすが日本人だな」
と笑っていた。笑われても、備えを忘れない日本人でいたいので、ぜんぜん腹が立たなかった。

滞仏日記「空気感染への対策、空気清浄機は役立つのだろうか?」

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