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滞仏日記「息子を迎えに行く道中、ぼくを待ち受けていた歴史的大興奮」 Posted on 2020/07/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子を迎えに行く旅に出ようと、彼がいる場所までの地図をチェックしていると、ぼくが携帯の操作を誤ったのであろう、不意に大きな教会のファサードの写真が画面に出現した。普通であれば、戻す作業をするのだが、なぜだろう、心惹かれるものがあり、画面をタップするとその写真はアミアンの大聖堂だと分かった。次の画面に「800」という数字が現れたので、詳細をチェックすると、大聖堂着工してから今年でちょうど800年なのだそうだ。この大聖堂は1981年に世界遺産に登録されていた。光と音の祭典、という文字に辿り着いた。アミアン大聖堂前面をマッピングする大スペクタクルがこの夏の間行われているのだという。地図に戻ってみると、そこは、息子を迎えにいく北フランスの海辺の町の途中にあった。北のベニスと言われているらしい。いいね。一瞬にして、旅の行程が決まった。ネットで「ホテル」検索をかけ、大聖堂の近くに空き室のあるホテルを探し予約した。アミアンまで行っておけば、翌日の朝が辛くない。



パリを出る時、編隊を組んだ戦闘機が頭上を掠めて行った。今日は、キャトーズ・ジュイエ、パリ祭なのである。白い煙を吐き出す戦闘機が雲の中へと吸い込まれていくのをぼくはハンドルを握りしめながら眺めた。ゆっくり安全運転で途中何回か休憩をしながら向かったので、アミアンに到着したのは午後の遅い時間となった。駐車場に車を入れ、外に出ると、目の前に出現したのは、まるで絵に描いたような美しい水の都であった。「北のベニス」と呼ばれている通り、本当に可愛い。アミアンの旧市街地は運河が張り巡らされており、デンマークとかオランダで見られるような可愛い色彩豊かな小さな家々が連なっていて、パリとはまるで風景が異なる。ドイツやベルギーや北欧の影響を受けているのが分かる。パリから130キロほどしか離れていないのに、こんなにも、文化圏が違うのだ、と驚かされた。

滞仏日記「息子を迎えに行く道中、ぼくを待ち受けていた歴史的大興奮」

滞仏日記「息子を迎えに行く道中、ぼくを待ち受けていた歴史的大興奮」

「Ça va?(元気?)」と息子にメッセージを送ると、
「oui」と返事が戻ってきた。
やれやれ。

滞仏日記「息子を迎えに行く道中、ぼくを待ち受けていた歴史的大興奮」

ホテルにチェックインをし、ちょっと態勢を整えてから、アミアンの散策を開始した。まずは大聖堂だと思い、行ってみると、でかい。調べたら、パリのノールダム大聖堂の約2倍の大きさがあった。暗くなったら、ここがマッピングされるのだ。どんなふうになるのだろう、と思ったけど、正直、その時はほとんど期待をしていなかった。ぼくも舞台演出をする時にマッピング技術を舞台美術の一部として活用させてもらっている。舞台「海峡の光」「99歳まで生きたあかんぼう」などで使ったので、だいたいこんなもんだろうという勝手な想像があった。それはその夜に、見事に心地よいくらい裏切られることになるのだ…。

大聖堂の中に入って、もっとその大きさが実感できた。大きい分、パリのノートルダム寺院よりも無骨な印象を覚えた。あまりに伽藍が大きすぎるのである。けれども、そこにいると大きな解放感を覚えた。パリの大聖堂にはない、開かれた空気感に包まれていく。

滞仏日記「息子を迎えに行く道中、ぼくを待ち受けていた歴史的大興奮」

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教会前の広場には5台の大きな長方形の建屋があり、中に巨大な投影機が二台ずつ入っていた。正面に3台、左右に2台である。自分の舞台の時の機材のレベルではないので、思わず身構えた。振り返ると、大聖堂のファサードが天を突き刺している。なんか、凄いことが起きるのかもしれない。期待感に背中をおされながら、未だずいぶんと本番まで時間があるので、周辺を歩くことになる。至る所に可愛らしい花が咲き誇り、運河を流れる水の音や、飛び交う小さな鳥たちの囀りが響き渡っている、本当に可愛らし街で、なんども足を止めてなぜか懐かしがることになった。そう、函館にちょっと似ている。いや、小樽にそっくりだ。小さな煉瓦の家や倉庫が運河沿いに並んでいて、道幅が広く、積もった雪で雪山が出来るのだろう、と想像をした。肺の中に空気を吸い込んでみると、うん、北海道の香りがする。小樽だ、と思うと、ぼくは嬉しくなった。小さな子供たちがぼくに手を振ってくれた。みんな笑顔を向けてくれる。アミアン市民はとっても優しい。

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夕食をどうしようか、悩み、ネットでいろいろと調べると、これも偶然、運河沿いに「ボブン」の専門店を見つけてしまう。ボブンとはベトナムとかカンボジアで食べられている細い米粉の麺を使った料理のことで、下にモヤシなどの野菜を引き、麺を載せ、一番上に味付けされた牛肉や海老、揚げ春巻きの載せたどんぶりなのである。本当は「ブンボー」というのが正式名称である。これがパリではボブンになり、大流行。ヘビーなフレンチは無理だったので、テラス席に陣取った。一切、期待をしないで待ったら、凄いのが出てきた。驚くべきことに、パリで食べるものよりも数倍美味しい。あまりに美味しくて、ぼくはわざわざシェフに挨拶に行ったのだ。すると、厨房からベトナム人のオーナーシェフが出てきた。ツンさん(TUNG)さんだった。「あの、ぼくも日本のツンさんです」とわけのわからないこと言っては親交を深めてしまった。世辞抜きに、世界一のボブンだと思った。

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お腹満杯になったので、息子に、
「Ça va?(元気?)」とメッセージを送ってみたが案の定、
「oui」と返事が戻ってきた。
やれやれ。

つかれたので、ホテルで仮眠をし、フロントの人に前もってスペクタクルを見たいのでと時間を告げ、起こして貰った。準備をし、大聖堂へと向かった。ここからは余計な説明はいらないと思うので、ぼくが撮影した動画を見ていただきたい。世界遺産、アミアン大聖堂の800年記念の光りの祭典である。きっと見たくても見れない貴重な映像だと思うので、インスタにアップしたものをここにはめ込ませてもらう。目を見張るほどの素晴らしい光りの祭典であった。まず、昼間に同じ場所から撮影した大聖堂の正面写真を見て頂き、その規模感などを把握した上でマッピングショーの動画を見てもらいたい。

滞仏日記「息子を迎えに行く道中、ぼくを待ち受けていた歴史的大興奮」

終演後、ぼくは言葉を失ってそこに立ち尽くしていた。ショーが終わると人々は教会へと向かった。動かない映像が大聖堂を彩っていた。

滞仏日記「息子を迎えに行く道中、ぼくを待ち受けていた歴史的大興奮」

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石で出来た昼間の無表情の使徒たちに、見事なまでに表情が出来ている。頬まで赤く紅潮しているじゃないか。一センチも狂いが許されない精巧さに感動をした。大聖堂脇にあるアイリッシュバーに入り、ぼくは興奮が鎮まるまでウイスキーを舐め続けた。息子にメッセージを送ろうか、と思ったけど、苦笑してやめた。明日の朝には迎えに行くのだから、今夜ははじめて訪れたアミアンの夜を楽しもう。

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※ 日中の上の写真とマッピングした下の写真はほぼ同じ場所である。この使徒たちの顔の表情を比較してみてもらいたい。頬紅まで、なんとも精巧である。

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