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滞仏日記「なぜフランス人はデモをするのか? デモ隊に訊いてみた」 Posted on 2019/05/17 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、とにかくフランスという国で暮らしだして一番驚いたのはデモが多いということだ。そのことをあちこちで書いてきたけど、なぜフランス人がデモをするのか、デモをしている人にインタビューしたことがないことに気が付いた。そこで、僕はデモ参加者を捕まえてインタビューすることにした。ちょうどパリ6区のカフェでお茶を飲んでいたら、突然、交差点でデモが始まったので、チャンスだと思って、突撃した。デモ隊は見た感じで、100人規模。テレビカメラが数台取り囲んでいるところを見ると、彼らが訴えることになんらか社会性があるようだ。

「すいません。日本のwebサイトマガジンの者ですが、取材をしてもよろしいでしょうか?」
僕はそのデモが何のデモかわからないまま、その集団の一番中心にいる人物、その人は女性だったが、に声をかけた。男の人が多かったのだけど、この人が一番話しやすそうな感じを受けた、その直感に従う恰好となった。
「もちろんです」
「率直にお訊きしますが、あなた方のデモの目標はなんですか?」
僕は手帳を取り出し、まるで優秀な記者のような感じで質問をした。
「いい質問です。目標は牛乳の市場開放なんです」
「なるほど、それは大きなテーマですね」
どうやら牛乳の生産者たちのデモのようである。デモ隊の中心にフランスの国旗の模様があしらわれた牛のオブジェがどんと置かれてある。女性は僕に自分たちが生産している牛乳をすすめてくれた。
「美味しい。濃厚でしっかりした味ですね」
「ありがとう。これ、いくらだと思います」
そう言って女性は1リットルの紙パックを僕に差し出した。
「通常、スーパーで売ってるのだと、2ユーロ50くらいですから、その前後ですね?」
すると女性は得意そうな顔をしてみせ、白い歯で笑った。
「いいえ、外れです。90サンチームですよ。たったの」
「それは驚きました」
約100円ということだった。
 

滞仏日記「なぜフランス人はデモをするのか? デモ隊に訊いてみた」

彼らは牛乳の生産者で、市販されている牛乳を作っているのだけど、その値段が高すぎると訴えているのだった。面白い訴えだな、と思った。で、抗議するために自分たちでブランドを起こしたというのだ。でも、1ユーロもしない牛乳が市場に出るのを大手メーカーが阻止するので、自分たちの安い牛乳が消費者に届かない。このシステムを変えることがフランスの人々の暮らしを変えることになるという訴えであった。
 

滞仏日記「なぜフランス人はデモをするのか? デモ隊に訊いてみた」

「いいですか? 日本の方々にも伝えたい。デモを馬鹿にしてはいけません。自分たちの生活をよくするためにはじっとしていても誰も変えてはくれないのです。自分たちでアクションを起こさないかぎり生活は向上しません。だから、私たちは立ち上がったのです」
 すると周りにいる男たちが牛乳缶を木づちで叩きはじめ、そうだ、そうだ、と叫び出した。僕も笑顔で、そうだ、そうだ、と調子を合わせておいた。目の前でデモ隊が大騒ぎになってもパリの人たちは涼しい顔でカフェのテラス席でカフェオレを飲んでいる。今度は彼らのところに行き、こういうデモについてどう思いますか? と質問してみた。
「フランス的な光景です。みんなが自分の意見を言うのはこの国の価値観にあっている」
「うるさいとは思わないのですか?」
「うるさいですけど、自分が彼らの立場ならデモをするでしょう。いろんな価値観があって、この国は成立しているのだから、うるさいけど、うるさいからこそ、それが自由というものなのです」
 

滞仏日記「なぜフランス人はデモをするのか? デモ隊に訊いてみた」