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滞仏日記「元日本人妻の闘い」 Posted on 2019/05/30 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、昨日の日記をアップした直後、友人Yさんからラインのメッセージが入った。「連れ去りとか言われて日本人妻側ばかり悪者にされているのが我慢ならない」とその人は訴えた。彼女はご主人と日本で出会い恋に落ち、渡仏し、子供を一人授かった。その子が10才になった年、不意に離婚の意思を告げられた。「フランスは親権を両方が持てるから離婚をしても、毎週子供には会うことが出来る」と言われた。二人はこの一年すれ違い状態だったので、Yさんは仕方なく離婚を許諾する。彼女は結婚前に「離婚をしても財産の分与はしない」という証書にサインをさせられていた。フランス人の男性が結婚をしたがらない理由は離婚率が高いことと離婚をすると財産を半分とられてしまうからで、だから結婚前に離婚のことを考えてこのようなサインを迫る人もいる。
結婚生活は10年に及んだが、その間、渡仏した彼女は語学習得と家事と育児に時間を奪われた。とても自立できる状態ではない。不意の離婚。仕事の無い彼女は貯金を食いつぶす恰好で家を出る。弁護士を雇って法廷で争ったが、ここはフランスなので、日本人には分が悪い。子供を連れ去ることはできないので、アパートを探した。その時、元夫はその部屋にも注文を付けた。というのも家を出る妻には法的な決まり事がある。「離婚し家を出る側の親の家は半径2キロ以内である事、子供の部屋がある事」など。どちらかの家だけ子供たちの生活水準を落としてはならないということらしい。どちらにしても親戚もいない異国で元日本人妻は厳しい環境に置かれることになる。

お金のない彼女(お金がないことは元夫も知っている)にとってはとっても辛い時期で、毎晩泣き続けることになった。元夫から法的義務である最低限の援助は出た。しかし、その金額(3~4万円)では到底生活していけない。専業主婦だった元日本人妻は異国フランスで、自力で生活をし、それなりの物件を借りて、子供を迎えるための環境を整えなければならなくなった。つまり、こういう状況になった時に、元日本人妻たちは子供たちを日本に連れて帰り、そのまま戻さなくなる。連れ去りが原因で自殺をしたフランス人が出た。それが引き金となって「連れ去り」は社会問題となり、ここ最近あちこちで報道されるようになった。しかし、離婚の理由は様々なのに子供を日本に連れて帰った元日本人妻たちだけを批判する報道姿勢に問題の解決の糸口があるようには思えない。

Yさんはそれでも必死でここパリで頑張っている。お子さんは一週間おきにそれぞれの家を行き来する。もちろん、ベースは元夫の方の家となり、子供の勉強道具などはすべてそこに置いてある。子供は荷物を抱えて毎週、二人の家を行き来するのだ。離婚率が高いフランスでは日仏のカップルに限らず多くの子供たちが二つの家を行き来している。僕の周囲だけで、こういう生活を余儀なくされている元日本人妻が4人いる。その中に二人の子供を育てたGさんがいた。彼女は生活費が底をついて、日本の両親は高齢なので頼ることもできなくなり、子供をフランスに残して日本に帰る道を選択した。彼女はお金を稼いで、すぐに戻って来る、と僕に宣言をした。それはなかなか簡単なことではないし、時間もかかる。その間に子供はどんどん成長をしてしまう。Gさんの焦り、母親としての苦悩を想像すると胸が痛む。
 

滞仏日記「元日本人妻の闘い」