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滞仏日記「人間はなぜ怒ったら負けか」 Posted on 2019/07/07 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、結局、僕はよく嫌なことを思い出しては、ぷんぷん、怒っている。怒っている自分ってなんて情けないんだろうと思いながらも、ぷんぷん、している。結構、辻は怒るのが好きなのかもしれない。この怒りのエネルギーは実際、生きる上で大事なものだ。でも、いつまでもいつまでも忘れられないこと、たとえば昔言われた嫌な言葉や意地悪や馬鹿にされた一言とかを思い出しては怒り続けているのはよくない。それはなぜかというならば、そういうものに支配され続けているから人間は怒るのである。結局、それは嫌なことをされた、言われた奴らの怨霊にいまだ支配されているという証拠でもある。だから、過去を思い出していまだに怒っている自分に気が付いたなら、ふっと笑って「ちいせ~ちいせ~」とおならでも手で払うようにしてその場から去るのがベスト。自分のおならを嗅ぐ必要はないからね。

恨みを持つというのは、結局、過去にもめた連中にいまだ支配され続けているという悲しい現実なのである。思い出すたびに頭に来ているなら、それはその相手にいまだに牛耳られている証拠でもある。忘れろ! 気が付いた瞬間、即座に忘れるのがいい。支配されているだなんて、それはあまりにも情けないことだからだ。まだ、あんな過去に支配されてるの? 悔しくないの? と自分に言ったらいい。僕はそうしている。そして、これ以上、自分をダメにさせないために、速攻、忘れ去る。

僕は今日、とっても悔しい過去を思い出した。それはもしかしたら、一生恨んでもいいような出来事だったかもしれない。でも、その経験がきっと今の自分をちょっと強くさせてくれたのも事実だろう。二度とそういうものには近付かないという教訓を得ることも出来た。それに、過去を恨み続けるということは今を無駄にしていることでもある。いまだにあいつらの影響下にあると思うだけで、がっかりする。そうだ、忘れろ! そんなことで今や未来を台無しにする必要などないのだから。ぐずぐず嫌なことを思い返していると、何か負のエネルギーが体内に溜まっていくような気がする。綺麗な空気を吸い込んで、一気に嫌な気分を吐き出してしまえ。美しい空を見上げたい。美しい海が見たい。あかちゃんを見たらわかる。本来、人間は美しい生き物なのだ。
 

滞仏日記「人間はなぜ怒ったら負けか」