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退屈日記「日本もフランスも大好きな牡蠣の驚くべき共通点」 Posted on 2020/11/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ロックダウン中なので、カフェやレストランは閉鎖されているけれど、たまに行くパリ中心部のカフェの前を歩いていたら、なんと牡蠣バーが出ていた。
カフェやレストランの通常営業は出来ないのだけど、テイクアウトでランチ弁当とかオードブルを売ることは出来る。
星付きレストランなんかでも頑張ってフォアグラパテとかテリーヌを販売して、コロナ禍を必死で生き抜こうとしている。
で、馴染みのギャルソン、ポールが売り子をしていたら、やあ、辻さん、と呼び止められた。

退屈日記「日本もフランスも大好きな牡蠣の驚くべき共通点」



「わお、凄いの始めたね。牡蠣バーじゃん」
「カンカル(牡蠣の産地)とかノルマンディ産の牡蠣ですよ。いかがですか、大繁盛してます」
「もちろん、買う。ダース(12個)でくださいな」
「ありがとう。じゃあ、お馴染みさんだから、全種類いいところをまとめて詰めときますね」
「わ、ありがとう!!」
ということで、ポールが日本のDS読者の皆さんに向けて、牡蠣の正しい剥き方、を教えてくれた。

退屈日記「日本もフランスも大好きな牡蠣の驚くべき共通点」



「辻さん、照れるな。これ、マジで、日本の皆さんが読むの?」
「読むよ~。今、日本は三連休だから、みんな暇だし」
「やばいね、じゃあ、がんばる。まず、簡単にコツを教えますとですね、貝類は貝柱で殻とくっついてるんですよ。だから、貝柱を剥がせば実に簡単、スルッと剥けます。わかります?」
(※フランスでは専用の牡蠣ナイフを使いますが、普通のナイフでも全然大丈夫です)
「なるほど~」
「貝柱だけを上手に切ることを考えていれば、それでオッケ―。つまり要点としては、手首のスナップ、そして、てこの原理が大事です。生牡蠣はね、カンカル産とかブルターニュ産とか、産地によって、大きさや殻の硬さが違うんですよ」
「フランスの牡蠣って、一度病気で絶滅して、その後、広島の牡蠣が輸入されて復活し、広まったって、知ってた?」
「え? マジっすか、知りませんでした。ご縁ですね」

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「それではやってみましょうね、まず、牡蠣の殻が丸い方を下、尖った方を上にし、或いはこういう言い方がいいかな、厚みがあって小さい方を手前、広がって薄い方を先にしてこんな風に持ってください。広がった方から1/3くらいのところ、右側に牡蠣の貝柱があります。二枚貝ですからね、ほら、ちょっと横から見てください。殻と殻につなぎ目があるでしょ、そこからナイフをぐりぐりと刺しこんでいきます。これが大事」

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「よくわかる。そこにナイフさえ、入れられたら、誰でもオープン出来るってことだね、ポール」
「イエス。コツはですね、少し斜め下に、こんな風に、すっとナイフを差し込める場所があるんです。でも、気を付けてください。真横からぶち込むと、外した時に手にナイフが突き刺さっちゃいます。うちの妹が看護師やってるんですけど、クリスマスの時期になると、牡蠣剥きが原因で病院に運ばれてくる患者ばかりになるんです。手首を突き刺して!」
「わ~、マジ?」
「ですから、用心して、最初は謙虚にやってほしいです。事故らないために」

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「殻は上のより下の殻のが分厚いので、上の殻からナイフをぶこちんで、下の殻で止める、が基本です。ナイフが入ったら、ぐいぐい、ぐらぐら、小刻みに揺らしながら、こじ開けていきます。ほら、こんな風に」

「あ、ちょっと、写真撮るから、とめて」
「こうっすか?」
「ポール、笑顔は必要ないよ。手元しか撮影してないからね」
「あはは」

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「ナイフの先が挿入できましたらね、上の殻に沿って、手首のスナップをきかせて貝柱を剥がしちゃうんです。ぼくも修行時代、牡蠣の身を壊しちゃって、ボスに叱られまくりました。ま、何事も経験です。コツはですね、貝柱を剥がそうとはせず、上の殻をなぞるようにナイフを滑り込ませること。これ大事すよ。ほら、美味そうでしょ?」
「やばいね、ふるえる」
「特製のビネーグル・ソースとレモンでも絞って、そのまま食べてみてください。ミルキーなフランスの味が口の中で広がりますよ」

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ぼくはさっそく家に持って帰り、バター醤油風味のオイルパスタを作って、牡蠣とバターパスタという組み合わせで息子と食べたのだけど、いやぁ、実に美味かった。
フランス人は牡蠣をバターで食べる。バゲットにバターを塗って、牡蠣を頬張った後に、それを食べるのだけど、これが、へ~、と思わせる意外な組み合わせなのだった。
そこで、バター醤油風味のオイルパスタとぼくは組み合わせることを思いついた。
たしかに、バランスよく取り入れたら、これが最高だったのだ。
美味しいものを食べる日々の喜びが、生きることをこんなに応援してくれているのだ、と改めて思わさせてもらえた素敵な日曜日の午後であった。

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自分流×帝京大学

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