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愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」 Posted on 2023/08/15 ウエマツチヱ プロダクトデザイナー フランス・パリ

愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

「バガテル(Bagatelle)」と名付けられたゴミ箱(photo credit : Wilmotte & Associés)



パリといえば美しい街並みに反して、ゴミが落ちていて不衛生という声も聞くが、公共の場にゴミ箱が初めて設置されたのは、1883年11月24日。日本で「塵芥箱(じんかいばこ)」と呼ばれるゴミ箱が設置された、1900年(明治33年)より、17年も早かった。当時のパリ市長だった、ウジェンヌ・ルネ・プベル(Eugène-René Poubelle)氏の「清掃革命」によるもの。フランス語でゴミ箱は「プベル」というが、同氏の名前がそのまま一般名詞になったものだ。

愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

ウジェーヌ・ルネ・プベル氏(photo credit : Bibliothèque nationale de France)

プベルが提唱したゴミの分別は、食品廃棄物、ボロ布と紙、そして、ガラスや陶器などの食器類と貝殻、の3種類に分けられた。当時のゴミ箱は、内側が金属、外側を木で覆われたものだった。



愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

当時のゴミ箱(photo credit : Bibliothèque nationale de France)
 
では、現在のパリの街のゴミ箱はどのようなものだろうか。ゴミ箱と一言でいっても、昔ながらの美しい街並みを阻害することなく、機能性が求められる。今回は、パリのゴミ箱の設計をしたデザイナー、ヴァンサン・ルロワ(Vincent Leroy)氏に開発秘話を伺うことができた。

愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

ヴァンサン・ルロワ氏 (photo credit : Rojomotorz)
 
パリ市のゴミ箱が現在のデザインに置き換わったのは、2013年のこと。デザインの選定にあたり、フランスを代表する錚々たるデザイナーたちに声がかかり、多くの案が集まるデザインコンペが開かれた。最終的に、建築事務所「Wilmotte & Associés」に所属するルロワ氏の案が選ばれた。そして、公共物の設計製造をする「Seri」と共同で開発は進められた。求められた条件の中でも特に大切だったものは2つ。

愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

「バガテル(Bagatelle)」と名付けられたゴミ箱(photo credit : Wilmotte & Associés)

まず1つ目は、10秒以内に袋の交換ができること。パリ市内に設置されたゴミ箱は全部で4万を超える。平均して100メートルに1つの間隔で置かれていることになるそうだ。その量のゴミ袋の交換となると、1つのゴミ箱にかける時間は短いほど良い。観光地など人通りが多い場所は、一日に8回も、袋を取り替える。交換する際は、袋を掴んで下に引き抜き、新しい袋をかけた後に、リングに沿ったゴムで止める、というシンプルさだ。



愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

できたてのゴミ箱たち(photo credit : Vincent Leroy)

そして2つ目は、危険物が入れられても中身がすぐにわかる構造であるということ。そういった理由から、内容物が透けて見えるようになっている。たとえ内容物が爆発しても、ゴミ箱本体が細かく飛び散らないよう、選ばれた素材は強靭な鋼鉄で、実際に爆発実験も行われた。この要件を通すためにたくさんのデザインが検討された。また、カゴ状なのは落書きされる面積を作らないという工夫でもある。タバコの火を消すために不燃素材の部品がついているのは、喫煙者が多いパリらしさも感じる。

愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

タバコも消せる(photo credit : mairie de paris)
 
ルロワ氏に、このゴミ箱をどんなイメージでデザインしたかを聞いたところ、楽器の「ジャンベ」から発想したという。ジャンベはアフリカ発祥の太鼓で、木の本体に紐がくくられている。その紐の部分だけが、金属の立体になったイメージだそう。パリは様々な人種が溢れる都市で、意外かもしれないが、アフリカ文化への馴染みもあるのだ。
また、エクトール・ギマール(Hector Guimard)の雰囲気も持ち合わせている。アール・ヌーヴォー期に活躍し、パリのメトロの出入り口のデザインが代表作だ。現存するものは、16区のポルト・ドーフィヌ駅と18区のアベス駅の2ヶ所のみだが、とてもパリらしい風景といえるだろう。ルロワ氏のゴミ箱は、モダンで機能的でありつつも、異文化のエッセンスが盛り込まれているのだ。それでいて、昔ながらのパリの街並みにも合う。



愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

16区のポルト・ドーフィヌ駅

ルロワ氏は、大型アートプロジェクトがフランス国内外でいくつも進行中の、国際的なアーティストだ。これまでに数々の世界的ブランド(Rémy Martin, Hermès, Iris Van Herpen, Nike, Saint Laurentなど)とコラボレーションしてきた。最新作は、東京の街を舞台にした「Tokyo Metacloud」という想像の世界。されどゴミ箱、パリの公共物デザインへの意気込みを感じる人選。いつの時代も、最先端にいる人達によるデザインで、パリの風景はつくられていく。
 
ヴァンサン・ルロワ氏のサイト:https://vincentleroy.com

愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

東京を舞台にした想像の世界「Tokyo Metacloud」2022(photo credit : Vincent Leroy)



愛すべきフランス・デザイン「パリの街並みに溶け込む美しいゴミ箱の秘密」

アイスランドにて「lenscape」2021(photo credit : Vincent Leroy)



自分流×帝京大学

Posted by ウエマツチヱ

ウエマツチヱ

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tchie uematsu
フランスで企業デザイナーとして働きながら、パリ生まれだけど純日本人の娘を子育て中。 本当は日本にいるんじゃないかと疑われるぐらい、日本のワイドショーネタをつかむのが速い。