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Fromage(チーズ)で感じる春の訪れ Posted on 2023/04/17 久田 恵理 チーズ熟成士 パリ

 
チーズ熟成士である私にとって待ちに待った季節が到来した。
フランス中北部、オルレアンから車で1時間ほど南に位置する大好きな羊農場のチーズ製造が開始されたのだ。

農場の店主であるジャンヌさんから、「今年は例年より少し遅かったけど3月中旬からお産が始まったよ」という連絡を受け、待ちきれず彼女と羊の赤ちゃん達に会いに行ってきた。
 

Fromage(チーズ)で感じる春の訪れ



 
4月から9月上旬までしか製造されていないチーズ。まさに旬の始まり。羊乳チーズの季節が到来しそれを待ち望むファンもとても多い。

ジャンヌの曾祖母が始めた農場でのチーズ製造。
代々、母から子へと継承されていて現在は4代目として切り盛りしている。

これまで、様々なチーズの作り手さんに会いに行きその都度、独自の製法であったり、その作り手ならではの工夫、情熱に多々刺激を受けてきていますが、その中でも一際パワフルで尊敬する作り手の1人である。
 

Fromage(チーズ)で感じる春の訪れ

地球カレッジ



 
彼女の1日はとても忙しい。
朝5時起床。6時には羊から貴重なミルクを搾乳をして、すぐ隣にあるチーズを作るアトリエにミルクを運び製造が開始される。
8時には5歳の娘、マルゴーちゃんを保育園へ送っていく。

絞ったミルクは殺菌せず、すぐに乳酸菌とレンネットと呼ばれる凝乳酵素を加え、翌日まで常温に静置し発酵を待つ。

液体だったミルクは、まるで杏仁豆腐のようにしなやかにきゅっと固まっていく。

一般的なチーズ製造工程ではその塊をナイフやワイヤーで切りわけ、固形分から水分(乳清)を取り除く行為を行うのがチーズ作りの基本だが、こちらでは昔ならではの手で混ぜるという製法を用いている。
羊乳チーズの故郷とも言える南仏のピレネー産地に古くから伝わる秘伝の製法を用いているのだ。
 

Fromage(チーズ)で感じる春の訪れ

Fromage(チーズ)で感じる春の訪れ



 
形や外見の違う数種のチーズを1日2回製造しているが、中でも主に製造されているそのチーズ名は「Brossauthym(ブロッソタン)」と呼ばれる。わずが180gの大きさで、手のひらに乗る楕円の形をしている。

製造地域であるサントル₌ヴァル デ ロワール圏はフランスの庭と呼ばれ、フランスの中央部分に位置し、ワイン、シェーブル(山羊のミルク)チーズが多く生産される地域としてもとても名高い。

ミルクを絞り、製造して14日の期間を管理されてやっと手元に受けることが出来る。
農場内に咲き乱れるフレッシュタイムを一緒に届けてくれるので、私はそのタイムをアクセントにチーズの上にのせて追熟し販売している。

ビジュアルもよし、味もよし。
もしまだ味わってない方がいらしたらぜひ、ジャンヌの手がけたチーズを味わっていただきたい。
 

Fromage(チーズ)で感じる春の訪れ



 
では、なぜこのBrosstymeが美味しいのか?
全ては愛情と感謝尊敬の心が生み出しているのだと思う。

訪問時に搾乳を手伝った時、彼女は搾乳場で羊1頭1頭に、『まずはこれからミルクをもらうよ。ありがとう』と話しかけながら優しく絞り出していた。
出の悪い子がいたら、乳房全体をマッサージしてほぐしてあげる。

この愛に満ちた優しい気持ちで、本来は子に与える貴重なミルクをもらい、大切にチーズ作りをしているからこそ出来上がるチーズは優しい美味しさがあるに違いない。
単に仕事としてではなく、ミルクを与えてくれる羊たちに心から感謝してる姿を見て感動をした。
 

Fromage(チーズ)で感じる春の訪れ



 
この農場の羊は、乳用の羊ではなく食肉用に飼育されていた地元のRouge West種を起用している。
乳量を求めず、タンパク質や栄養価が高く少量でもリッチなミルクを得るために、この品種の羊を200頭飼育している。
1日2回(早朝及び夕方)の搾乳で1頭から僅か600CC/日 前後のミルクしか得ることができない。

1つのチーズを作るのに2頭分のミルクが使われている計算になるのだ。
なんて贅沢なチーズなんだろう。そこでもまた感心してしまうのである。

満ち溢れた愛と情熱、様々な努力を積み重ね、ジャンヌ自らパリまで車で配達し届く14日目のBrosstyme。そこから、さらに7-10日ほど追熟し、風味豊かに育ててお嫁に出すのが私の仕事となる。

彼女の努力を決して無駄にするまいと、パリ・オペラ界隈の小さなチーズ屋で日々奮闘している。
 

Fromage(チーズ)で感じる春の訪れ

自分流×帝京大学

Posted by 久田 恵理

久田 恵理

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短大卒業後、(株)久田に新卒で入社。2004年、Fromagerie HISADAのOPEN準備スタッフとしてフランス店勤務となり、その後 約2年間フランスにて、製造、販売、熟成、輸出業務に携わる。2006年、輸入会社 KEN INTERNATIONAL JP 設立。代表に就任し、現在は、輸入者の代表として各国(フランス・イタリア・オランダ・スイス・オーストリア・スペインなどのヨーロッパ、オーストラリアなどの南半球)への出張、食材探し、及び、(株)久田 副社長代理を務める。またチーズを広めるための普及活動として、各地チーズのイベント業務、チーズ講師として活躍中。