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《フランス・ペイザージュ日和④》ヨーロッパがもとめる「庭」のかたち Posted on 2023/01/27 水眞 洋子 ペイザジスト パリ

 
近年、ヨーロッパでは「庭」がちょっとしたブームになっています。

従来のガーデニングに加えて、庭園芸術や文化遺産、観光資源、環境教育、異文化交流、SDGsの「持続可能なまちづくり」など、さまざまな分野で、「庭」が熱く語られ、その役割に注目が集まっています。

この庭ブームのきっかけは、最近の社会の変化にあります。
猛暑による被害やコロナ禍の隔離規制などによって、大都市の安全性や生活の質が、改めて問われるようになりました。
そこで身近な緑である「庭」の価値を見直そうという動きが、欧州全体で広がっているためです。
まさに「庭園時代の到来」といえるほどです。

このような社会的潮流の中で、ヨーロッパの人たちがひときわ注目している庭があります。
それは「日本庭園」です。
 

《フランス・ペイザージュ日和④》ヨーロッパがもとめる「庭」のかたち

(写真1:フランス・モレブリエにある日本庭園)



 
「なんで、日本庭園?」と思われる方もいるかもしれません。
不思議なことに、去年あたりから、日本庭園をテーマとしたイベントが、ヨーロッパ各地で立て続けに開催されています。

例えば、フランスでは、仏国最古の日本庭園の一つであるアルベル・カーン美術館の日本庭園が再オープンをしたほか
(参照:https://www.designstoriesinc.com/europe/japanese-garden/)、
パリ、ナント、モレブリエなどの都市にある日本庭園で大規模な日本庭園ワークショップが開催されました。
(写真2、3)
 

《フランス・ペイザージュ日和④》ヨーロッパがもとめる「庭」のかたち

(写真2 ナント にある日本庭園でのワークショップの様子)

《フランス・ペイザージュ日和④》ヨーロッパがもとめる「庭」のかたち

(写真3 モレブリエにある日本庭園でのワークショップの様子)

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またイギリスのロンドンでは、国際平和を考える「ピースシンポジウム」が開催され、「日本庭園と平和創造」について熱いディベートが行われたり、キュー王立植物園で日本庭園関連イベントが開催されました。(https://japanesegarden.org/2022/11/21/kew-peace-lantern/)
 

《フランス・ペイザージュ日和④》ヨーロッパがもとめる「庭」のかたち

(写真4)ロンドン市ギルドホールで開催されたピースシンポジウムの様子

 
そして昨年6月に、フランス主導のもと、ヨーロッパにあるすべての日本庭園を結束した
「ヨーロッパ日本庭園協会(Association Jardins japonais Européens)」が設立されました(https://european-japanesegardens.fr/) 。
イギリス、スペイン、イタリア、ベルギー、ドイツ、スイス、デンマーク、フランスなどの関係者が集結し、日本庭園を盛り上げる活動を開始しており、欧州内のさまざまな有識者たちの注目を集めています。
例えば、フランスの元首相兼元外務大臣であるジャン=マーク・エロー氏は、日本庭園への期待を次のように述べています。

「我が国の政治家タレーラン(※)の言葉に、『私に良い料理人を与えてくだされば、良い条約を締結してみせましょう』という一文があります。
私はこの言葉に、次の一文を付け加えたいと思います。
『私に良い庭師を与えてくだされば、良い外交をしてみせましょう』。
戦争や紛争によって世界がひっくり返り、従来の基準が消えつつある今日、庭をテーマにした外交が世界の安定と平和を構築する上で重要であり、その観点においてフランス、ヨーロッパ、日本の友好関係は必要不可欠なのです」。
(※)シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール(Charles-Maurice de Talleyrand-Périgord,1754−1838)は、18―19世紀に活躍した政治家で、フランス革命から第一帝政、復古王政、七月王政まで間に、首相、外相、大使など歴任した。
 

《フランス・ペイザージュ日和④》ヨーロッパがもとめる「庭」のかたち

(写真5:仏国地方紙クーリエCourrier で紹介されたヨーロッパ日本庭園協会設立とエロー氏(右)inフランス・モレブリエ東洋公園)



 
私たち日本人が想像するよりも、はるかに大きな情熱と深い愛で、日本庭園を愛するヨーロッパの方々をみていると、とても心が熱くなります。
そしてそれと同時に、一つの問いがよぎります。
「でもなぜ、今、ヨーロッパで、日本庭園なんだろ?」

そこで、関係者の方々に、日本庭園の何に惹かれるのか尋ねてみました。
とあるフランス人は、日本庭園の魅力は「安心感」だと言います。
「日本庭園は、イギリス式庭園 やフランス式庭園と比べると、格段に細かいところまで、丁寧に手がかけられています。そのため、日本庭園内にいると不思議と精神的な安らぎを感じ、自分は自然から生かされているという感覚や、守ってもらっているという安心感を、無意識レベルで感じるのです。」

また、あるイタリア人は、日本庭園の良さは「内なるペイザージュ(風景)を映し出してくれる庭」だからだと言います。
「日本庭園は、洗練された抽象的な表現で、様々な景色を演出します。大きな石を据えて、山々の風景に見立てたり、白色の小石を敷いて、大海の景色に見立てたりします。そんな日本庭園をぼーっと眺めていると、ふと、いろんな風景を思い出すのです。子供の時に親しんでいた懐かしい景色や、旅行中にとても感動した眺めなどが、頭の中に、パッと浮かんでくるのです。日本庭園は、自分の心の中に大切にしまっているペイザージュ(風景)を、優しく思い出させてくれる庭園だと思います。だから、僕は好きなんです。」

みんなそれぞれの日本庭園像があり、答えは一つではありません。
でも、ヨーロッパの人たちを和ませる「何か」が、日本庭園にはあるようです。
 

《フランス・ペイザージュ日和④》ヨーロッパがもとめる「庭」のかたち

(写真6:仏人アーティスト、エリック・ボルジャ氏の日本庭園)

 
さまざまな問題に揺れる今日の欧州。
いろいろなE U政策が取られる中で、ヨーロッパ諸国を繋ぐ友好の鍵の一つに日本庭園がなったら素敵だなぁ、と切に願います。

ご高覧いただき、誠にありがとうございました。
 

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水眞 洋子(みずま ようこ) 
大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。