PANORAMA STORIES

旅するピアノ「世界100ヶ国を旅したピアニスト」 Posted on 2020/06/11 平井 元喜 コンサートピアニスト / 作曲家 ロンドン

望むと望まざるとにかかわらず、僕の人生には何故かドラマティックなことばかり起こる。本当は自然の中で音楽とともに静かに平穏に暮らしたいのだが・・・、我ながらどうしたものかと思ってしまう。しかし、何が起こるかわからないのが人生だ。すべてを受け入れ、笑って楽しむしかない。

ロンドンを拠点に音楽活動を始めたのは90年代半ばだ。これまで随分と旅をしてきた。気づけば100ヶ国あまりになる。旅にハプニングはつきものだから、珍事件が起きることだってある。



ステージ衣装の入ったスーツケースが届かなかったことも何度かあるし、素っ裸にされたことだってある。カーネギーホールでの2回目のリサイタルのときは、空港からマンハッタンへ向かうタクシー乗車中に交通事故に合い、激痛のなか首に鞭打ちのコルセットをして演奏した。また、パレスチナとイスラエルでの平和公演の際は、奇しくも空爆が始まり、お客さんとともに地下シェルターへ避難したこともあった。

しかし、今年の2月末から4月下旬にかけての2ヶ月間は、とにかく「初物尽くし」で、これまでにない忘れ難い経験となった。

まず、中南米・カリブ海を周遊する英国の豪華クルーズ船にゲスト・アーティストとして乗船したのであるが、新型コロナウイルス感染者が多数発生したため、各国から上陸を拒否され、カリブ海、バハマ、米国フロリダ周辺を3週間あまり漂流した。

旅するピアノ「世界100ヶ国を旅したピアニスト」

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その間、幾度か旅程が変更になったもののクルーズ前半は、ドミニカ共和国、セント・マーチン島、ジャマイカ、コスタリカ、パナマ、コロンビアに上陸でき、夢のような時を過ごすことができた。

カリブ海の太陽と美しい海、南国の白い砂浜と椰子、中南米固有のエキゾチックな植物や動物たち、スペイン植民地時代のコロニアル風建築、まっ暗闇の屋上デッキに寝そべって仰ぎ見た天の川、「人間もコロナも宇宙や自然の一部にすぎない」と教えてくれた満天の星空と神秘的な浮遊体験、そして、船内や寄港地で出会った笑顔あふれる温かい人たちとの友情・・・などである。

音楽家としては、パナマの熱帯雨林の奥地に住むインディオの村を訪れ、そこで体験した先住民族たちとの民族楽器を使った「魂のジャムセッション」や、僕の誕生日(3.11)に行った船上での最後のピアノリサイタルがとりわけ強く記憶に残っている。

旅するピアノ「世界100ヶ国を旅したピアニスト」

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その後、英政府の粘り強い交渉が功を奏し、最終的にキューバで下船が許され、白バイやパトカー先導のもと約700人の高齢の英国人とともに、港からハバナの空港まで物々しく護送され、3月19日に英政府のチャーター機でロンドンへ帰還することができた。

しかし、ほっとしたのも束の間。2週間の自己隔離が終わるや、今度は心筋梗塞で緊急入院となった。手術は成功したが、翌朝一度だけ38度を超える熱を出したため、すぐさまコロナ感染専門病棟へ隔離され、5人部屋で過ごすことになる。夜中に大声で叫ぶ男や暴れる老人がいて、看護師さんと一緒に止めに入ったこともあったが、幸い入院から5日後に退院することができた。

不思議な縁があって、その夜から英国の田舎にひっそりと建つヘンリー8世やエリザベス1世にも愛された16世紀の古城に幽閉させてもらい、美しい自然のなかで閑かに自己隔離生活を送る。

とまあ、目まぐるしい2ヶ月間だった。

旅するピアノ「世界100ヶ国を旅したピアニスト」

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旅するピアノ「世界100ヶ国を旅したピアニスト」

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思えば、パンデミックの不可抗力のおかげで忘れ得ぬ夢のような体験をさせてもらった。何より、今こうして健康で生きていること、家族と一緒にいられること、そして、自分自身をゆっくり見つめ直す機会をもらえたことが有難い。

唯一、つらかったことを挙げるなら、クルーズ船内でともに笑い、励まし合った友人たちが咳や熱を出し、次々と隔離されていった時であろう。高齢者ばかりだったので、回復されていることを願うばかりだ。

生きていると予期せぬことが起こる。
そして、人生を変える出会いがある。

だから、面白いのだ。
すべてに感謝したい。

旅するピアノ「世界100ヶ国を旅したピアニスト」

Motoki Hirai
#ショパン: ポロネーズ 嬰ハ短調 作品26-1
#Chopin: Polonaise in C-sharp minor, Op.26, No.1 ➡️https://youtu.be/aiDt6G_O6Tk



Posted by 平井 元喜

平井 元喜

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Motoki Hirai
世界100カ国を旅する音楽家。96年 渡英。これまでロンドンを拠点にNYカーネギーホールでのピアノリサイタルなど70数カ国で演奏。サー・ジャック・ライオンズ音楽賞受賞。BBC、クラシックFMなど各地でテレビ・ラジオに多数出演。NHK文化センター、時事通信社トップセミナー他で講演。『心で感じ、魂で奏でよ!』(フォーブス ジャパンに連載中)やフォトエッセイ『国境なき音楽紀行』(Euro News他)など執筆や写真も楽しむ。音楽を通じて平和・教育・医療・食・環境や震災復興など数多くのチャリティーに取り組む。「音楽と民話で世界をつなぐ」芸術監督。ROIP親善大使。スタインウェイ・アーティスト。