PANORAMA STORIES

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ Posted on 2021/04/09 平井 元喜 コンサートピアニスト / 作曲家 ロンドン

鳥たちの歌声が耳に心地よい。近所の農家では最近、ブタと羊の赤ちゃんが産声を上げたばかりだ。
リスやウサギは、野生の勘を取り戻したかのように駆け回り、草花もみんな微笑んでいるように見える。
新しい生命があちこちから顔を出し、人間たちも長く暗い冬のトンネルからようやく抜け出すことができた嬉しさを隠しきれず、はしゃいでいる。

イギリスは3月下旬に夏時間に変わり、一気に日が長くなった。
ロックダウンとワクチンの相乗効果で感染者数・死亡者数ともに激減し、文字通り「春の到来」を感じさせる毎日だ。

昨年秋にイングランド南東部ケント州から広がった新型コロナの変異株は、従来のものより感染力が強く、死亡リスクも高いと聞く。
この英国株が猛威を振るっていたまさにピーク時の2021年1月、僕も家族でCovid-19に感染した。

一時期は心身ともに結構きつかったし、日々変化する体調についてゆけず不安でいっぱいになることもあった。
今回、入院せずに済んだのは本当に幸運だったと思う。
現在は、嗅覚味覚など多少の後遺症や違和感はあるものの、2月26日に1回目のワクチンも無事接種できほっとしたのか、それ以降は体調の変化も楽しめるようになり、すべてが上向きだ。
やはり、人間は自然から生まれた動物なのだ。
太陽はもちろん、気候、風土、季節が心身に及ぼす影響は殊のほか大きい。
今年の「春の到来」は、特にそのことを強く感じさせてくれた。

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ



陽性が判明したのは1月15日だ。
妻も同じく陽性だった。
19日には2歳の娘の陽性も判った。
昨年12月までに、ドライブスルー方式など4、5種類のPCR検査を経験しているが、今回は出かける気力など到底無く、また家族で自己隔離すべきだったため、自宅で簡単にできるNHS(英・国民医療サービス)が行う無料PCR検査キット(往復郵送)を迷わず取り寄せた。
といっても、ひどい倦怠感や頭痛などで起き上がれず、パソコンやスマートフォンの画面など見る気もしなかったので、感染を疑ってから何日か経って体調が少し落ち着いてからだ。

家族全員の鼻と口に綿棒をつっこむのは僕の係だ。旅の前後を含め、既に10回くらい行っているので、今はNHSの解説動画や説明書も見ずに、流れ作業でできるまでになっている。
不思議なことに、未だ一緒に寝ている8歳の息子だけは「陰性」だった。
それでも家族4人のうち、少なくとも3人がコロナに感染したことになる。
ただ、息子の場合は、最初に風邪らしき症状があってから16日後にPCR検査をしたため、専門医から「日が経ち過ぎていた可能性がある」と指摘された。
また、同じく子供が2人いるお隣のイギリス人一家は4人全員が陽性で、2回PCR検査をした子供の一人は、1回目が「陽性」、2回目は「陰性」だったから、本当のところはよく分からない。

実際、ロンドン市内、郊外、地方問わず、僕の知り合いのイギリス人の話を総合すると、ほとんどの人が最低1回はCOVID-19に感染しているといってよいだろう。
お隣4軒でいっても、13人中11人が一月中旬までにPCR検査、または抗体検査で最低一回はがっつり「陽性」になっているのだから。

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ



コロナが中国の武漢から世界中に広がり始めた昨年1、2月当時は、ほとんど情報も無く、また、多種多様のPCR検査が無料で簡単に受けられるイギリスですら、6月頃までPCR検査が自由に受けられなかったため、
「あの時も今回とほぼ同じ症状だったから、今思えば、やっぱりあれもCovidだったんだな・・・」
と、確信をもって、昨年春の第一波をふり返るイギリス人も少なくない。

ところで、僕は人口密度の高いロンドン市内にいるのではない。11年ほど前から、ロンドン南西部サリー州、市内から1時間ほどの田舎の小さな村に住んでいる。
まあ、カッコよくいえば「英国のカントリーサイド」 だ。
徒歩圏内には、コンビニもお洒落なカフェも何もない。
でも、その代わり、よく晴れた夜には天の川が見えるし、草原にはのんびり羊や馬や牛がたたずみ、近くには森や湖もある。
こう書けば、「田舎度」 と「人口密度」が伝わると思うが、人混みや世間から適度に隔離された、ほっといてもソーシャル・ディスタンスが保てるエリアといっていい。
こんな人里離れた田舎でもこれだけ感染が広がったのだ。
ロンドン市内や英国の地方に住む友人たちの話を聞いても、僕と同じ時期に感染した人は本当に多く、決して地域限定で発生した「クラスター」ではない。

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ



さらに状況を分かりやすくするため、僕自身もコロナに感染したピーク時2021年1月と4月現在の英国の感染状況を比較してみる。

一日あたりの感染者数:
1月 8日  68,053人
4月 4日    2,297人

一日あたりの死亡者数:
1月20日  1,820人
4月 4日  10人

英国の人口はフランスとほぼ同じで日本の約半分だ。
1日あたりの死亡者数(コロナ感染から28日以内に亡くなられた方)は、4月4日はイースター・サンデー(復活祭)の祝日であるが、週平均を見ても34人ほどだから、いかに激減したかが分かる。
英国は現在ロックダウンの段階緩和のフェーズ3に入りつつあるが、その際の指標となる入院患者数も、医療崩壊寸前だった1月の4万人弱から、約3,500人まで減少した。



現在、成人の6割以上が1回目のワクチン接種を終え、2回目も10%が完了した。
ワクチン接種人数が最も多かった日は3月20日の87万3784人だが、医療従事者はもちろん、50歳以上の人や僕のように基礎疾患がある人、また、若者を含むBMI値30以上の人や重症化のリスクが高いBAME(エスニック・マイノリティ)の大半が1回目の接種を終えている。
以上から、ロックダウンとワクチン、特にワクチン効果がいかに高かったかがよく分かる。

しかし、忘れてはならないのは、イギリスの場合、国民へのワクチン接種が極めて迅速だった一方で、変異種の感染拡大はそれ以上に猛スピードだったから、自分を含め感染して「自然免疫」がある人の割合が相当高かった、という点だ。
自然免疫とワクチンの相乗効果で、既に集団免疫を完成させている、あるいは完成させつつあるのだ。
だからこそ、感染者数も死亡者数も激減した。
12月以来、もう一つの ”ワクチン効果“ で英首相の支持率が上昇しているようだが、しかし、これは多くの犠牲を伴う「荒療治」だったともいえなくない。
この一年で13万人近くもの尊い生命が奪われたという事実は決して忘れてはならないだろう。

英国のもっとも酷い感染状況下から生還したピアニストの奏でるメロディ

photo by motoki hirai

現在、フランスは3か月前のイギリスに近づいているように見えるし、英国・南ア・ブラジル・ブルターニュ由来の変異株やインドの二重変異株などが次々と発見されるなか、今後、従来のワクチンがカバーしていない新たな変異株が世界各地で出現するだろうから、イギリスとて(もちろん日本とて)決して油断できないだろう。

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Posted by 平井 元喜

平井 元喜

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Motoki Hirai
世界100カ国を旅する音楽家。96年 渡英。これまでロンドンを拠点にNYカーネギーホールでのピアノリサイタルなど70数カ国で演奏。サー・ジャック・ライオンズ音楽賞受賞。BBC、クラシックFMなど各地でテレビ・ラジオに多数出演。NHK文化センター、時事通信社トップセミナー他で講演。『心で感じ、魂で奏でよ!』(フォーブス ジャパンに連載中)やフォトエッセイ『国境なき音楽紀行』(Euro News他)など執筆や写真も楽しむ。音楽を通じて平和・教育・医療・食・環境や震災復興など数多くのチャリティーに取り組む。「音楽と民話で世界をつなぐ」芸術監督。ROIP親善大使。スタインウェイ・アーティスト。