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全仏鉄道バスのスト3週間目、日本人観光客が悲鳴 Posted on 2019/12/25 辻 仁成 作家 パリ

12月5日からはじまったフランスの国鉄、メトロ、バスのストはついにクリスマスまで続いてしまった。95年にも長期ストがあり、その時はひと月ほど続いているので、記録更新も間近となった。マクロン大統領は自分の大統領特別年金を貰わないと発表したけれど、労組側は反発し、1月9日に大規模なデモをやることが決まった。どうやらこのまま年越しが濃厚となった。で、いったいパリはどうなっているのかというと、普通に会社やコンビニやレストランは営業していて、人々は徒歩とか自転車とか流行りの電動キックボードで通勤をしている。学校はバカンス時期に入ったので4日くらいまで休み。息子は家でゲーム三昧だ。問題はこの時期にパリにやって来ている観光客の皆さんである。早い人は半年以上前から予約し、愉しみにしていたというのに。来てみたら交通ストで、歩くしかない。タクシーはぼったくるし、つかまらないという状態である。昨日、福岡の友だち夫婦がパリで動けなくなってしまい、夕食後に呼び出されてしまった。「どこ?」「左岸におったい、オルセー美術館の近く。辻、ちょっとワインでも飲みに出てこれんね」

全仏鉄道バスのスト3週間目、日本人観光客が悲鳴

右岸は真横に走る一番線が自動運転なので、まあ、ちょっと歩けばそれに乗れる。でも、左岸はほぼ走っていない。本数が少ないけど、朝夕の通勤時間にちょっとメトロが、そして数本のバスが走ってる程度だ。あとは徒歩。とはいってもパリは東京に比べれると物凄く小さいので、歩こうと思えば端から端まで歩くことが出来る。それこそ、福岡市くらいの大きさであろう。ぼくらはサンジェルマン・デ・プレの地元民に愛される老舗カフェで待ち合わせることにした。ちょっと入りづらいからか、ここはアジア系の観光客がいない。他の観光カフェはこの時期どこもほぼアジア人で占拠されている。

全仏鉄道バスのスト3週間目、日本人観光客が悲鳴



ぼくらは窓際の席に座って、赤ワインとクロックムッシュを頼んで、飲んだ。大学の先生をしている佐々岡正平とその妻は席に着くなり、苦笑いを浮かべた。
「最悪ったいね、なんも動いとらんたいね」
「ま、でも、パリにいるんだから、楽しもうよ」
「あのな、妻の誕生日なんだよ」
「お、それはめでたいですね、おめでとうございます」
ぼくらはワインで乾杯をした。
「パリが二人とも好きでね、十年ほど前から、年に一度のフランス旅行が楽しみで頑張って生きてきた。でも、今回はパリから出られないし、ボルドー行きはキャンセル、一週間。このパリで彷徨っている。ま、それでも、僕らはフランスが好きだから、これはこれでいい思い出になったったいね。このカフェも今までで一番好きな感じのカフェだ」
「でしょ、ドゥマゴもフロールもいいけど、アジア人観光客ばっかりだからね、サンジェルマンだったら、ぼくはここって決めてる。上にトイレがあるんだけど、そこを登る階段がとっても可愛いんだよ。額に入ったポスターとか絵が素敵なんだ。ここのクロックムッシュはポワランヌの田舎パンにチーズとトリュフがかかっていて、めっちゃ香ばしい。ワインに合うし、食ってよ、遠慮しないで」
奥さんが手を伸ばし、頬張って、うわ、美味しい、と声を張り上げた。
「メリークリスマス」
ぼくらはグラスを傾け合った。

全仏鉄道バスのスト3週間目、日本人観光客が悲鳴

全仏鉄道バスのスト3週間目、日本人観光客が悲鳴

結局友人たちはこの後のことを考えて、そこで食事をすることになった。彼らが頼んだのはレンズ豆の上にモルトソーセージの乗ったプレートとサラダであった。一人で入って来たおじいさんがぼくらのすぐ後ろの席で読書をはじめた。あとはだいたい近所の家族連れであった。ぼくにとっては日常の光景だったけど、正平夫妻にとっては映画のワンシーンのように映っていたことだろう。目が輝いていた。よかった。
「なんか、こういう普通じゃない時期のパリもいいね」
「この後、どうするの?」
「予定ないよ」
「モンサンミッシェルにでも行けば? ツアーがあるから、バスに乗ってれば一日観光できる。朝七時にパリを出て夜の21時に戻ってくるコースだよ。一人一万五千円くらいするけど、何にもしないでパリにいるよりいいんじゃない。行ったことないなら、おススメ。ネットで検索すれば出てくる。オペラ座あたりから出発で、そこに戻ってくるから便利なツアーだよ」
「あ、行ってみようかな。実は僕はまだ行ったことがないんだ。行く?」
ということで、二人はクリスマスにモンサンミッシェルに小旅行をすることになった。きっと明日あたり写真がドサッと届くことであろう。思い出にはなったね。ボン・ボワヤジュ。

全仏鉄道バスのスト3週間目、日本人観光客が悲鳴

Posted by 辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。