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《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ Posted on 2022/12/29 水眞 洋子 ペイザジスト パリ

 
以前のブログでもお話しさせていただきましたが、私はペイザジストです。

ペイザジストとは、景観や風景のデザイナーで、日本では造園家・ランドスケープアーキテクト、といいます。

「自然と人間が共存する心地よい景観を創造したい」という思いで、この業界に飛びこみ、ヴェルサイユのペイザージュ学校に学んだ後、景観学専門の研究者として、研究活動や日仏間の景観交流事業に従事しています。

昨年他界した伴侶は、フランスで活躍するペイザジストで、師匠のようにいつも導いてもらっていました。

彼がいなくなって過ごしたこの1年は、結論から申し上げると、「内なるペイザージュ」の大切さをとても痛感した年でした。

「内なるペイザージュ(風景)」とは、フランス語で「ペイザージュ・アンテリユー、paysage intérieur」といい、医療分野では「内面風景・内部的心情」と訳されたりします。

「内なるペイザージュ」が、自分の心の喜びとしっかり繋がっていることが、とても大切だと実感した1年でした。

言い換えると、「外側に映るペイザージュ」ばかりを気にしながら、自分の言葉や行動を決めていると、生きることが苦しくなったり、自分のことが見えなくなってくると分かった1年でもありました。

そして、これまでの私は、自分の内なるペイザージュを十分な喜びで満たしてこず、外側の風景ばかりに重きをおいて生きていたなぁ、と深く気づくことができました。

このことに気づけたきっかけは、今年からはじめた「田舎暮らし」です。

夢や目標に向かって走り続けることに疲れを感じ、都会から少し距離を置きたくなって、春ごろから、10年来の友人宅でしばらくお世話になることにしました。

向かった先は、ボジョレー地方。
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

(写真1:ボジョレー地方の眺め)



 
代々ワイン造りを営むショパン家のお宅に、住まわせていただくことになりました。
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

(写真2:ショパン家の様子、左下は愛犬マックス君)

 
長男のラファエル・ショパンさんが、おじいさんからワイン造りを受け継ぎ、ブドウ栽培から醸造までを、一人でこなしています。
若手醸造家ですが、深みのある、いいワインを作ります。
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

(写真3:ラファエル・ショパンさん

地球カレッジ



 
ラファエルは、数年前から農薬を一切使わない有機農法に切り替えて、保存料を最小限に抑えたナチュラルワインを醸造しています。
その理由は、「良質のブドウ畑をボジョレー地方で広げるため」。
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

(写真4:ラファエルのブドウ畑の様子)

 
ラファエル曰く、ボジョレー地方には見栄えのいいブドウ畑は結構あるけど、良質の畑がまだまだ少ないといいます。

「見栄えのいいブドウ畑」とは、雑草が一切ない畑のこと。一見とても清潔に見えますが、実際は化学薬品の除草剤や防虫剤が大量に使われていて、生物多様性に乏しく、ブドウの木の大きな負担となっているといいます。
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

(写真5:農薬を使用して管理されているブドウ畑。手前と奥)



 
一方、有機農法では、化学農薬を使わないため、下草や虫たちがたくさんあるブドウ畑になります。
一見、手を抜いている畑に見えますが、様々な生き物が共生しているので、ブドウの木が、とても元気になるのだとか。
しっかりと地中深く根をはり、生命力の強い樹に成長し、厳しい自然環境下でもいいブドウを育んでくれます。
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

(写真6:ラファエルのブドウ畑の様子)

 
例えば今年の夏の猛暑。
今年のフランスは、全国で猛暑による干魃の被害が出ました。
ボジョレーでも、水不足が深刻で、十分に育たないブドウがたくさんありました。

ラファエルのブドウ畑では、幸いにも、下草のおかげで土壌の乾燥が抑えられた上、深く伸びた根により長期の干魃に耐え、ブドウが干からびることなく元気に育つことができました。

化学除草剤を使う代わりに、土を耕して下草を調整するため、作業量は2倍になりましたが、ワインの味は格段に良くなったそうです。
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

写真7:耕運機で土を耕している様子。4月)



 
「みんな外観で判断しがちだけど、一番大切なのは、ブドウの樹が幸せかどうか。農薬で草が枯死した砂漠みたいな土地よりも、他の生き物がいっぱいいる土地の方が、ブドウの木は幸せなんだよ。だから、いい実をつけてくれるようになる。ブドウは正直なんだ。」
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

(写真8:しっかり実ったブドウの様子。9月)

 
シンプルだけど、わかりやすいラファエルの見解に、内側で育まれている生き物たちの世界の大切さを、改めて実感しました。

そして、ブドウの木と自分自身と置き換えたときに、私は結構、内側よりも外側ばかりに目がいっていたなぁ、と思うようになりました。

世の中のため、自然環境のため、親・家族のため、etc…
一見いいことだけど、どれも結局「外」につながっていて、自分の心の喜びにつながっていない場合が、結構あったなぁ、と思います。

「自分の内なるペイザージュを喜びで満たすと、いい実が育つ。」
ブドウの樹から学んだことです。

近年、伝染病や戦争の影響により、「〇〇のため」精神を強く問わることが多くなりました。

他人を想う気持ちは、とても大切なことなのですが、そこに自分の心が安らげる「ペイザージュ・風景」があるのか、今一度問うてみることも、同じくらい大切であると思います。

一人ひとりの幸せが、みんなの幸せに繋がるのだと思います。
 

《フランス・ペイザージュ日和③》ブドウ畑と内なるペイザージュ

(写真9:ショパン家の愛猫ツキちゃん)

 
ご高覧くださり、誠にありがとうございました。
 

自分流×帝京大学



Posted by 水眞 洋子

水眞 洋子

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水眞 洋子(みずま ようこ) 
大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。