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音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」 Posted on 2023/08/13 中村ゆかり クラシック音楽評論/音楽プロデューサー ドイツ、エッセン

憧れや想像の世界を現実にすることができたら。
あの物語や、あの曲の、あの場面が現実になったら。
そんなことを考えたことがあるだろうか。

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」



南ドイツ、オーストリアの国境近くの森に囲まれた小さな村シュヴァンガウに、そんな夢想を実現させたお城がある。
城の名は、ノイシュヴァンシュタイン。
紺碧の空に伸びるタレットと高く聳える白壁が織りなすロマンティックな外観。
ディズニーランドの「眠れる森の美女の城」のモデルになった現実とファンタジーが重なりあうその姿は、訪れた多くの人の心をうつ。
私もこの場所で、いくつもの幻想的な時を過ごした。
雪を纏ったチロルの森に浮かぶアルプ湖。淡いピンクに染まった城が夕暮れの空に溶け込む瞬間。小さなシュヴァンガウの村の風景は、まるでこの城のために用意された舞台のようだった。

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」



この御伽噺の城を築いたのは、第4代バイエルン国王、ルートヴィヒ2世。
子供の頃からゲルマン神話や騎士伝説に憧れを抱き、自分のことを「白鳥の騎士」の子孫であるとすら思っていた。
そんなルートヴィヒが、運命に導かれるように出会ったのが、リヒャルト・ワーグナーの音楽。中世の神話や伝説の世界を音楽化したワーグナーの作品に瞬く間に魅了され、音楽家の絶大な支援者となった。
ある時、ルートヴィヒはワーグナーに宛て、こう宣言した。
「私は、中世のスタイルそのままに、新たな騎士のための城を築くつもりです。」

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」



1869年に建設が始まったノイシュヴァンシュタイン城。
ルートヴィヒは、屋根の上から地下の細部にまで、そのこだわりを実現させていく。
ワーグナーの楽劇の場面を描いた壁画、金や青の鮮やかな色彩とモザイクに彩られた「王座の間」、柔らかな光が照らす人口の鍾乳石と小さな湖を備えた人口洞窟、「歌手の間」、「王の寝室」など、ワーグナーの音楽や中世の伝説の世界は城全体に広がる。

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」

ノイシュバンシュタイン城は、中世の騎士文学にしばしば登場する「騎士の城」の外観を持つ一方で、当時の最新のテクノロジーも多く取り入れている。
建設には蒸気クレーンを使い、鉄骨も使用している。当時としては革命的だった電話、セントラルヒーティング(熱風暖房システム)、水洗トイレ、電池式ベルなど、工業化時代の高度な技術も随所に見ることができる。
ルートヴィヒ2世の「騎士の城」は、中世の美学と19世紀の最新テクノロジーを完璧に融合させた唯一無二の城でもあった。

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」



リヒャルト・ワーグナーへのオマージュとして建てられたノイシュヴァンシュタイン城。しかし、ルートヴィヒは城の完成を見ることなく、1886年の聖霊降臨祭の日に湖で謎の死を遂げた。

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」

「私は自分自身にも他人にも永遠の謎であり続けたい」(ルートヴィヒ2世)

不思議なことに、シュヴァンガウの村でこの城の建設に携わった人々の中には、王は死んでおらず、どこかで生きていると信じていた人がいたという。
ルートヴィヒも愛した聖杯伝説によれば、罪のない人が聖霊降臨祭の日に水に入ると、白鳥になると伝えられている。
白鳥の騎士に憧れた王は、白鳥へとその姿を変えたのだろうか。

ワーグナーの音楽と中世の伝説への憧れを持ち続けた王とその城の物語は、シュヴァンガウの森の片隅で今も生き続けている。

音楽をめぐる欧州旅「ワーグナーとノイシュヴァンシュタイン城」

自分流×帝京大学

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Yukari Nakamura
専門は、フランス音楽と演奏史。博士課程在学中より、音楽評論とプロデュースを始める。新聞、雑誌、公演プログラム等の執筆、音楽祭や芸術祭のプロデュース、公共施設、地交体主催の公演企画、ホールの企画監修などを手掛ける。また5つの大学と社会教育施設でも教鞭を執る。2016年よりドイツ在住。