PANORAMA STORIES

夏休み特別エッセイ「ヒトナリ少年の野望・リーダーX編」 Posted on 2022/07/14 辻 仁成 作家 パリ

それを発見したのは下校している時のことであった。校門を出てすぐの交差点の電信柱にそのメッセージは書かれてあった。最初に見つけたのはツネちゃんだった。

「アニキ、これなんやろ」

電信柱の、丁度目の高さのところに、それはなぐり書きされていた。

〔つぎのデンチュウまでいき、メッセージをよめ。X〕

当然、僕のような好奇心の塊が驚かないはずはない。山賊団はお互いの顔を急いで盗み見た後、一言も発する間もなく次の電柱を目指した。そこには同じ字で、

〔フフフ、さらにつぎのデンチュウヘいき、そこにかかれたメッセージにしたがえ〕

と書かれていたのであった。
サインペンで書かれた字だったが、書体は幼く、それはどう見ても同年代の子供が書いたものにしか思えなかった。しかし僕が興奮したのは、自分がやりそうなことを先に誰かが発見し実行していたことにあった。
Xという名前がさらに想像を駆り立てた。まるでその怪盗Xが自分のような気がして仕方なかったのだ。こんな面白いことを思いつく奴とは誰だろう、という驚き。そして先を越されてしまった悔しさが複雑に入り交じった。
 
「誰やろ、このXって」

藤田君が言った。

 「うーん、西高宮小の誰かかな。子供の字だし、学校の前に書かれているところから推理すると、そうなりますね」

ヨー君が分析した。とにかく僕たちはメッセージが続くかぎり行ってみることにしよう、ということになった。メッセージは電信柱を伝って北上した。西日本テレビのテレビ塔の先は浄水場になっていた。福岡市内が一望できる高さにその浄水場はあった。浄水場の入り口の電柱にもメッセージが書かれてあった。

〔ごくろうさま。じやあ、デンチュウのたもとにビンがあるでしょ。その中にあるてがみをよんでみてね。バイバイ。Xより〕



電信柱の裏側に確かに牛乳ビンが置いてあり、その中に紙が折り曲げられて入れられていた。僕は急いでそれを取り出し、紙を開いた。みんなが中を覗き込んだ。そこには、同じ字でこのようなことが書かれてあった。

〔きみはまんぞくしているの? おとなにだまされていないのかな? ワガハイはみんながだまされているのがかわいそうだとおもうよ。おとななんかうそつきだし、そんなおとながちゃんとしたことをおしえられるわけがない。がっこうなんてなくなればいいのにっておもわない? ねえ。もしもきみがそうおもうなら、がっこうをこわそう。がっこうをワレワレの手ですこしずつこわしていこう。そしてこのせかいからがっこうをなくすんだ。がっこうがなくなればみんなはじゆうになる。べんきょうなんてしなくてすむ。ひとにうえもしたもなくなる。きょうしはみんないんちきだ。たいしたにんげんでもないくせに、えらそうにして、こどもをくるしめている。それをたのしんでいるだけだ。それにえこひいきばかりする。かわいい子やかねもちの子にばかりとくさせて、めだたない子はころしてしまう。きみはころされてもいいのかい? いきてきたんだ、ワガハイはきみのみかただよ。てをあわせて、がっこうをこわそう。こっそりまどがらすをわって、ものをぬすんで、こくばんにいたずらがきをするんだ。じゅぎょうができないようにしてしまえ。みんながこっそりとそうすれば、そのちからはどんどんおおきくなって、このせかいをかえていくことになる。よわいものがさいごはかつせかいをつくろう。じゃあ、きょうからきみもワガハイのなかまだね。死ね死ね団にようこそ。死ね死ね団リーダーX〕



僕は本当に驚いた。いや、僕だけじゃない。平和町山賊団のメンバーは全員が本当に衝撃を受けてしまった。
僕はワルだったが、学校を壊そうと考えたことはなかった。いや、むしろ学校は大好きだった。学校に一番乗りするのが好きだったし、給食だって残さず食べていた。死ね死ね団が言うような嫌な教師は僕の知るかぎり、西高宮小学校にはいなかった。担任の田中先生は本当に優しい先生だったし、校長も他の先生も子供好きの素敵な先生ばかりだったのだ。

「うーん、これはどげんしたもんかいな」

僕は思わず唸った。

「死ね死ね団って、すごく恐ろしそうな連中ですね」

ヨー君が言った。急に僕たちは自分たちのすぐ傍にめちゃくちゃ恐ろしい陰謀の匂いがあることを知ってしまい、うろたえてしまうのだった。学校を破壊する、という彼らの思想はまさに子供の思う発想ではなかった。それだけに僕等が受けた心の衝撃は大きかったのだと思う。

「学校がなくなったら、ミカ、悲しかぁ」

とミカちゃんが言った。藤田君も頷いた。やっちゃんがおでこを輝かせながら、死ね死ね団って名前もいやったい、と言った。

地球カレッジ

僕はその時、決意した。

「よし、戦おう。この死ね死ね団から、学校ば守ろう」

弟が、さすがアニキ、と言った。全員が僕を見た。

「でも守るって、言っても」

とヨー君が呟いた。

「まず、これをだれが書いたか、調べてみるったい。これを持ちかえって、この字に似た文字を書いとう奴を探しだそうや。字の特徴とか覚えといて、全員で手分けして探したらよか。絶対、学校の中に犯人がおるっちゃけん」

一同は頷いた。しかしそれは簡単なことではなかった。ヨー君がじっと手紙を見ていた。そしていれてあった牛乳ビンを掴み、匂いを嗅いだ。

「ヒトちゃん。これ、あたらしいね」

全員がヨー君を振り返った。

「この手紙、何日もここに野ざらしにされていたもんじゃないね。それにこの牛乳ビンの中にはまだ牛乳の匂いが残っている。つい最近、これはここに置かれたんじゃないかな」

藤田君が、たしかに、と唸った。

「ながく外においとったら、紙が黄色くなるけんね」



ふむふむ、と僕はもう一度手紙を覗き込んでみた。鉛筆で書かれていたが、書いた面に指で触れると、鉛筆の芯が僅かにすうっと滲んで白い紙に棚引いた。

数日後、僕等は放課後集まりもう一度電信柱を辿ってみることにしたのだった。現場検証というやつである。そのルートのどこかに死ね死ね団につながる何かがあるかもしれない、と思ったからであった。一つ気がついたことは、書かれている文字の高さが僕の目の高さよりは低い位置にあるということであった。二歳年下のツネちゃんやミカちゃんの目の高さにそれは書かれていた。

「それから、このサインペンの文字だけど、これもまだ新しいね」

ヨー君がそう言いかけて、途中で、あれ、と声を張り上げた。

「ねえ、ヒトちゃん。これみて」

ヨー君が指さす方を見ると、同じメッセージが別の場所に昔書かれた形跡があった。
それは新しいものよりも三十センチほど低いところに書かれてあった。字はすでに消えかかっていたが、よく見ると、その字はさらに幼い文字に見えた。消えかかった字よりは何年か古いもののようにも思えた。

Xという文字がなんとか認識できた。文面は、つぎのデンチュウまでいき、メッセージをよめ。X、という、新しいものとほとんど同じであった。つまり死ね死ね団は何回か、こういうことを過去にも、あるいは何年かに渡り繰り返している可能性があるということであった。

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そして僕等を震撼させたのは、最後の電柱に着いた時のことであった。なんとそこには新しいビンが用意されており、中に同様の内容の手紙がいれられていたのである。
本当にそれには驚いた。ヨー君が牛乳ビンの匂いを嗅いだ。

「やっぱり、新しい。まだ牛乳の匂いがプンプンするよ」

僕等は周囲を思わず振り返ってしまった。まだXがその辺に潜んでいる可能性があったからだ。しかし周辺にはのどかな高級住宅地が広がっているだけであった。テレビ塔は青空のど真ん中に聳えていた。一時間ほど周辺の聞き込み調査っぽいことをしてから、僕等ば家路に着いた。
それからしばらくの間、その話題で僕等は持ちきりとなった。僕等があっちこっちでそのことを喋ったものだから、学校中がその話題で一色になってしまった。
しかし、誰も死ね死ね団を見たことがあるものは出てこなかった。僕等山賊団は警戒を強めていたが、結局、学校が破壊させられることもなかった。

半年くらいしてからだろうか。こんな噂が流れた。Xと名乗っていたのは、僕等と同じ歳の子供ではないか、という噂である。その子とは、学校に三日だけきてやめてしまった子のことであった。
彼女が学校を辞めた理由を誰もしらない。友達ができなかったから、というのではないだろう。わずか三日では、できるかできないかは判断がつかない。ただ、むかない、と自分で思ったのかもしれなかった。あるいは家庭の事情があったのかもしれない。とにかく、その子にはその子にだけわかる明確な理由があったのだ。そしてその明確な理由のために彼女は不登校をすることになる。

その子はテレビ塔の傍に住んでいた。いつも窓から顔を出して、空を見ているらしかった。



僕はその噂を聞いた日の放課後、ツネちゃんを連れて、テレビ塔まで行った。電信柱のたもとにはもうビンは置かれていなかった。

「アニキ、なんば探しようと」

と弟は言った。僕は周囲の家を見回していた。

「うん。きっとくさ、Xはこの辺に住んどうっちゃないかいな。どっかの家からかここば毎日見とった。誰か自分のメッセージば読んでくれる奴が現れんかいなって絶対見とったはずやん。だってくさ、自分か同じ立場やったら、そうすると思うっちゃんね」

そうか、と弟はうなった。そして僕と一緒に近所を見回した。黄色い家が遠くにあった。二階に窓が一つあった。カーテンが風で揺れていたが、中は暗くて見えなかった。
そこまで行ってみることにした。桜田(仮名)という名前が表札に書かれていた。そこの二階に窓が一つぽつんとあった。それ以外の家からは電信柱のたもとが見えにくかった。しばらく二階の窓をじっと見ていると一階の戸が開いて中から誰かがでてきた。
同年代くらいの少女であった。少女はじょうろを持っていた。玄関脇の花に水をあげようとしていたに違いない。僕と目があった。用心深そうな大きな黒い瞳をしていた。

「あの」

僕は声をかけた。すると少女は大きな瞳をさらに大きく開いてから踵を返した。



「君がXかい」

その背中に僕が言葉を投げつけると、隣にいた弟が、ほんとう? アニキ、この子がXなんだ、と叫んだ。少女が戸をしめる前に一度僕の方を振り返った。じっと僕を見つめ、それから戸の向こう側に消えた。
同じ街に暮らしていてその子を目撃したのはただ一度限りであった。それから一週間ほどは毎日、テレビ塔まで登って彼女の家を見だけれど、窓はずっと締め切られたままであった。もうその窓は開かないような気がしてならなかった。

僕は声をかけてしまったことをずっと後悔した。学校を破壊したい、と考えなければならなかった彼女と僕は友達になりたかった。でも、彼女の家のブザーを押す勇気はなかった。以降僕の心の中にはあの黄色い家の窓から、あてもなく、電柱のたもとを見つめる少女がいた。

夏休み特別エッセイ「ヒトナリ少年の野望・リーダーX編」

自分流×帝京大学

Posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。