PANORAMA STORIES

ドイツを駆け抜ける車たち Posted on 2020/02/12 中村ゆかり クラシック音楽評論/音楽プロデューサー ドイツ、エッセン

ドイツを駆け抜ける車たち

<ドイツ、バイエルン地方>

 
春の陽射しを強く感じる日曜の午後。玄関のベルが鳴った。扉を開けると、そこに立っていたのは近所の友人マルガレーテ。「良い天気だから、新しい車でドライブに出かけよう」 との誘いだった。そういえば、彼女は昨年のクリスマス前に、新しい“旧車”を買うと言っていた。
無制限速度で走るアウトバーン(ドイツの高速道路)など、車好きならドイツのカーライフに憧れを持つ人は多いだろう。私はというと、車は生活に欠かせないものの、ドイツへ来るまでその思いは「走れば良い」という程度だった。そんな私でさえ、ここ自動車大国ドイツで初めて知ることになった、車と共に過ごす特別な時間はたくさんある。眩しい春や、清々しい夏、森や大河、湖を眺め、ドイツの大自然を駆け抜ける爽快感。国境を越え、イタリアやスペインの田舎、スイスの山々を走る喜び。ドイツのカーライフにまつわる新たな発見も、たくさんあった。

ドイツを駆け抜ける車たち

<世界で4番目に長いドイツの高速道路アウトバーン。全体のおよそ5割が、無制限速度区域(推奨速度は130km/h)。市街地など、およそ3割は、恒常的な速度制限区域。その他、気候や交通量によっても制限速度が変わる>

 
ドイツ人は、クラシックカーが好きだ。毎年必ず、寒い冬を越えて春を感じるその日には、街中をクラシックカーが駆け抜ける。いったい何処に眠っていたのか。その数は、ちょっとした想像を超える。旧車を好むのは、ものを大切にする文化を持つドイツならではとも言えるが、国の制度もこれを後押ししている。ドイツには、旧車専用のナンバープレートがある。これは、製造から30年が経ち、オリジナルの状態を保持するなど一定の条件を満たした車にのみ与えられる『歴史的工業遺産』としての特別なナンバー(Kennzeichen historischer Fahrzeuge:通称Hナンバー)で、税金や車検などが優遇される。

ドイツを駆け抜ける車たち

<ナンバープレートの最後のHがHナンバーの目印>

 
冬が厳しいドイツ特有のシーズンナンバープレート(Saisonkennzeichen)もある。乗車月を登録し、税金や保険料を月割り換算で払う便利なもので、申請期間は2~11ヶ月の間で選択可能とフレキシブル。プレートに乗車期間が刻印され、その間のみ公道での走行が許される。二輪車やオープンカーなど、冬の走行に向かない車、逆に冬のみ走る特別車などが利用している。ちなみに冬季のドイツでは、冬タイヤの装着が法律で義務付けられている。事故だけでなく、冬タイヤを装着せず、道路で立ち往生しただけでも罰金が科せられる。

ドイツを駆け抜ける車たち



ドイツのアウトバーンで必ずと言ってよいほど見かける珍しい車の1つに、マイ馬用牽引車がある。ドイツでは、女子の人気ナンバーワン・スポーツが乗馬というほど、馬の人気は根強い。レンタル厩舎や飼育システムも広く整っているので、個人で馬を飼う人も多く、私のドイツ人の友人数人も、趣味で馬を飼っている。

ドイツを駆け抜ける車たち

<馬用牽引車>

ドイツを駆け抜ける車たち

<馬用牽引車>

 
ドイツでは、車庫証明が要らないことも驚きの一つ。そのせいで、住宅地の路肩は、いつも駐車車両で溢れる。もちろん、何処でも駐車可能ではない。とりわけ街の中心部では、細かなルールがあり、取り締まりも厳しい。多くは、時間料金を払い駐車するが、中には無料で短時間のみ駐車できるドイツ独自のシステムもある。パークシャイベ(Parkscheibe)は、ダッシュボード上に駐車開始時間を示しておけば、無料駐車が可能な合理的システムだ。
驚くことに、ドイツでは、屋外での洗車が禁止されている。公道だけでなく、許可がない限り、私有地でも洗車ができない。環境大国ドイツでは、洗車場など、地下水を汚染しない下水処理施設を備えた場所のみ洗車が許される。日本ではお馴染み、道路(公道)への水撒きも、ドイツでは道路交通法で禁止されているので要注意。

ドイツを駆け抜ける車たち

<パークシャイベ。ガソリンスタンドや、キオスクで1€程度で購入可能。円盤を回して、駐車開始時間を示す>

ドイツを駆け抜ける車たち

<パークシャイベを使用すれば2時間まで記載の時間内は無料と書かれた駐車看板>

 
さて、友人マルガレ―テも持つ『歴史的工業遺産:Hナンバー車』は、年々増加している。制度開始直後の98年は僅か1万8千台。08年は16万台強であったが、2018年時点の登録数は47万台を超えた。先進技術を搭載した車が次々とリリースされる一方で、古い車に過去の遺産として価値を与え、オリジナルの状態を維持すること。そのうえで、気に入ったものを末永く大切に扱おうというドイツ人の姿勢に、強い共感を覚える。
環境問題、エネルギー問題、イギリスのEU離脱がドイツ自動車業界に与える深刻な影響など、この国の車社会が抱える未来は、確かに明るいとは言い難い。車を愛するドイツ人たちが進むカーライフは、この先どうなるのだろうか。到来するドライブ日和を待ちながら、私もその行く末を見守りたい。

ドイツを駆け抜ける車たち

<マルガレーテの車。1967年製のフォルクスワーゲンのケーファー(Käfer:日本での愛称はビートル)はドイツで最も人気のあるHナンバー車のひとつ>



Posted by 中村ゆかり

中村ゆかり

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Yukari Nakamura
専門は、フランス音楽と演奏史。博士課程在学中より、音楽評論とプロデュースを始める。新聞、雑誌、公演プログラム等の執筆、音楽祭や芸術祭のプロデュース、公共施設、地交体主催の公演企画、ホールの企画監修などを手掛ける。また5つの大学と社会教育施設でも教鞭を執る。2016年よりドイツ在住。