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ロックダウンシティ、東京とパリを結ぶ緊急対話「坂 茂×辻 仁成」 Posted on 2020/05/01 辻 仁成 作家 パリ

坂 茂氏はもう長いこと「災害と建築」という問題意識を持ちながら活動してきた稀有な建築家である。日本はもとより世界各地で大地震が発生するたび、真っ先に現地へと飛び災害活動を続けてきた。その坂氏は緊急事態宣言下の日本に大きな心配事を持っている。早くなんとか予防しておかないと、と強く訴える。4月30日、東京とパリを結んで行われたインタビューを翌5月1日に緊急配信する。ザ・インタビュー、「坂 茂×辻 仁成」の対話、「日本が夏を前に大至急準備しておかなければならないこと」。



辻 ご無沙汰しています。相変わらず世界中を飛び回っていらっしゃるようですが。

坂 茂さん(以下、「坂」敬称略)日本はまだ海外ほど封鎖されてないので、今は動ける国内で、できることをなるべくしようと思っています。

辻 今は東京にいらっしゃって、パリには戻られていないのですね。

坂 行ったり来たりしていたのですが、1ヶ月半前、フランスが封鎖される前々日の3月15日、朝、羽田空港に向かっていたんですが、パリのパートナーからメールがあって「どうもフランスは封鎖されそうだから来ない方が良い」と書かれてあり、急遽自宅に引き返して、それから1ヶ月以上日本にいます。この16年間ずっと1週間おきにパリと東京を往復する生活をしていたのですが、すでに1ヶ月以上日本にいることになっています。

辻 日本は今、どのような感じですか?

 コロナとは関係ないんですけど、16年ぶりに1ヶ月以上東京にいたので、日本の春というものを堪能しました。16年忙しく動き回って忘れていたけれど、毎日のように花が咲いたり、季節の移り変わりというものを再発見することができて、こんな時期ではありますが、感動しています。

 新型コロナ危機ともいえるこの時代、坂さんが建築家として最も危惧してらっしゃることは何でしょうか?

 まず、僕が何を一番危惧しているかというと、このタイミングで、もし、大地震が起こったらどうするのか、あるいは、台風が来たらどうするのか、ということです。地震はいつ起こるかわかりませんし、台風だって、これが長引けば夏になって必ず台風が来るわけで。去年の状況を見ていると、大停電になったり、避難所が必要になる状況が日本にはあるわけです。この感染病が蔓延する状況の中で避難所に集まることになった場合、確実にクラスターが生まれる。ですから、今から避難所ができた時に行う感染対策、飛沫感染防止対策を考えておかないと大変なことになる、という提言をしています。

 まさに、おっしゃる通りですね。ぼくもここ最近、日本に夏に帰るたびに、亜熱帯の国に来たような物凄い暑さと湿度。ぼくが若かった頃とちょっと違って、台風も物凄く巨大なのが続いています。台風被害にコロナの感染爆発が重なったら、と思うと、ぞっとしますね。

 僕たちは2006年の中越地震の時から「間仕切り」を作る活動をしていまして、今までは避難所で各家族ごとのプライバシーを守る間仕切りを作っていました。それで、感染症の専門家の先生に相談したら、間仕切りというのはプライバシーを守るだけでなく、飛沫感染防止の対策にもなるというお墨付きをいただいたので、間仕切りの隙間の気密性を高めるよう改良しました。僕たちがやっているボランタリー・アーキテクツ・ネットワークは、地方自治体と防災協定を結んでいるので、避難所ができたらすぐに連絡があり、間仕切りを作りに行くことになっています。去年の末には神奈川県の黒岩知事と防災協定を結んだのですが、黒岩さんはとても行動の早い知事なので、今、地震が起きたらと言うことを提言したら、すぐ予算を組んでくれて、飛沫感染防止の間仕切を備蓄してくれることになりました。3月13日に話をして、3月27日には備蓄が始まりました。その後、東京都と神奈川県はネットカフェの閉鎖を決めたのですが、そこで生活する人、いわゆるネットカフェ難民の方々がいるわけです。その人たちのために神奈川県は神奈川県立武道館を避難場所に指定したんですが、僕たちはすぐに間仕切りを作りに行って、現在80ユニットの設置が終わりました。この状況で、自分ができることは何かと考えて、この飛沫感染防止にたどり着きました。

 現在は神奈川県だけが飛沫感染防止の間仕切りの備蓄をしているのでしょうか?

 この間仕切りがメディアなどで紹介されてから、防災協定を結んでいる自治体から『備蓄したい』という連絡をたくさんもらっています。

 何が起こるかわからないので、先手先手の予防をしていかなければならない状況ですからね。自治体だけでなく企業も、とくに国の基幹産業などは、備蓄した方が良いのじゃないですか? 

 その通りです。僕たちがずっと仕事をしている大和リースという仮設住宅でメジャーな会社がありますが、彼らも備蓄を決めてくれました。防災協定を結んでないところからも、今は連絡が来ています。

辻 様々な業種の企業からもニーズにあわせて様々な間仕切りユニットが求められそうですね。そういう要求にはすぐに対応できる準備はすでに整っているのでしょうか?

坂 できますけど、どこでどれだけ必要かというのは予測がつかないので、例えば全国のいくつかのスポットにまとめて置いておいて、そこから出荷できるような体制を整えていきたいと思ってます。

 これは政府にも持ち掛けるべき案件じゃないでしょうか?

 はい、内閣府には持ちかけています。動きがまだ鈍いのですが、昨日の国会、衆議院の予算委員会でも、地震が起こったらどうする? という議論は出ています。なるべく飛沫感染が起こらないよう避難所を増やしたり、旅館やホテルを借りたり、という案も出ていますが、そんなどこにでも余分な旅館やホテルがあるわけではないですから。やはり、今までと同じように体育館などが避難所の中心になるというのは目に見えているので、その中で飛沫感染を防止していかなければならない。政府も考え始めていると思います。

 台風は必ず発生するわけですから、地震だっていつ起こるか予測が出来ませんし、特に今は、この新型コロナと自然災害が一緒になった時、ダブル被害の危機を感じますね。

坂 自然災害というのは絶対に来ますから、すぐに準備しないとならない。今、具体的に必要なことで頭はいっぱいです。

ロックダウンシティ、東京とパリを結ぶ緊急対話「坂 茂×辻 仁成」

 人の暮らしに直結することを坂さんは常に見つめ続けてきた建築家だと思います。まず、命に関わる最重要なことから解決していこうという姿勢はよくわかります。しかし、同時に、建築家、坂 茂はこれから先の世界のデザインをどのようにお考えなのでしょう?

 そうですね、正直、アフターコロナのことまではまだ考えられないですけど・・・。例えば、プライバシーというのは人間の最低の権利なのに、これまで避難所ではそれが無視されてきた。僕自身、「当たり前のことを整える」というのが建築家の役割だと思ってますので、感染が起こらないような状況を作ることというのも、間仕切りなり、住宅なり、新しいスペックとして取り入れていかなければならない建築の環境、都市環境の一部だと考えます。さらには、公共の仕事やコンペをしていますが、その中に、こういうことが起こった時に、即、きちんとした避難所になるような基準を設計の中に取り入れなければならないと思っています。要求されたプログラムにはなくても、やはり自分の設計のプログラムの提案として、避難所や災害拠点にそのまま移行できるような設計にしなければいけないと、それが今後も自分のスタンダードになると考えています。

 今作られているいくつかのユニットは、一つ一つ大きなものではないようですが、この小さいユニットがある程度集まって大きなものになっていくのでしょうか。以前、紙管などを使った移動できる教会を作ったりされていましたが、大きな避難所構想には繋がっていくのでしょうか?

坂 40ヘクタールくらいの都市計画のコンペをやっていますが、そこでは全体が一つの防災拠点となるようなものを考えています。重要なことは、エネルギーとして自立していけること、情報の集中したネットワークがあること、電気自動車や自動運転が始まりますが、日本だと自衛隊が水をいろんなコミュニティーに供給していましたけど、今度は自動運転の車を使って電気のデリバリーもできるような、そういう拠点にしていきたいと思っています。

ロックダウンシティ、東京とパリを結ぶ緊急対話「坂 茂×辻 仁成」



 坂さんは出会った頃からずっと常に災害用の間仕切りを作り続けてきた。流行りの言い方をするなら、「間仕切りおじさん」みたいな。間仕切りテントを抱えてはアフリカに飛び、間仕切りユニットを持っては南米、中国の四川に行き、延々と世界を飛び回られているのですが、坂さんはなぜ、ここまで「防災と建築」という視点に立たれて考えてこられたのでしょうか? その先見はどこから? なぜ坂さんはそこにそこまで拘るのでしょうか。「災害と建築」という思考が、常に活動の中心となっているような印象を受けます。熊本地震の時にも、若い学生たちを率いて、すぐに、大分や熊本で活動を続けておられました。建築家のノーベル賞みたいな、プリツカー賞をもらっているような人なのに、大先生にならないで常に現場と向き合っている。その姿勢にぼくはいつも感銘を受けるのですが、何が坂さんを突き動かすのでしょう? 活動の根本にあるものはなんですか?

坂 まず、生き方として、謙虚さ、話を聞く、学び続ける、ことがなくなったら人間は終わりじゃないかと思うんですね。お金儲けをして楽をするとか、そういうことをしたら自分は終わってしまうと思う。だから、いかに学び続けられるか、他人の話を聞けるか、それをしていきたいと思っている。ならば、建築家として何ができるか、ということで「防災」があるわけです。建築家と言うのは大きいビルを作ったり、特権階級の人の財力や権力を大きなモニュメントとして示す仕事、それが街のモニュメントとなれば素晴らしいですけどね、それだけじゃない。お医者さんや弁護士さんは問題を抱えてる人々のために仕事をしているけれど、僕ら建築家はいつも財力のある人と仕事をしている。ある意味、建築家って生温いなとか、運が良すぎるなって思うので、辛いんですよね。だから、そうじゃないことを表現する、建築と言う同じ手段を使いながらも、いつまでも学び続けて、世界中でいろんな人と出会って、その場所場所でできる生活改善のようなことをやっていければいいなと思っています。

ぼくの中で、坂さんという人はそういう人です。もちろん、ぼくはそうだろうな、と思って質問をさせていただいたわけです。でも、やはり実際に坂さんの口からその言葉を聞いて納得し、安心し、感動しました。高度な技術と想像力を持った人が世界各地で苦しんでいる人のために行動し、出来ることをする。なかなか出来ないことだと思います。ありがとうございます。

 ところで、パリはもうそろそろ動き始めると聞きましたけど、僕、いつ頃パリに帰れますかね?

 どうでしょうね。それはコロナ次第というところでしょう。ぼくも実は同じことで悩んでいます。ぼくはいつ日本に戻れるのだろうって。でも、また東京かパリでお顔がみたいですね。

 またワインでも飲みましょうよ。

 社会的距離を保ちながら、心地よく盃を交わせる場所を確保しておきますよ(笑)。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

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posted by 辻 仁成