THE INTERVIEWS

ザ・インタビュー「サッカー選手、岡崎慎司のサッカーとコロナと家族のあいだ」 Posted on 2021/05/23 辻 仁成 作家 パリ

今日、ぼくがインタビューを試みたのは、ぼくの年若い友人の一人、岡崎慎司選手(1986年生まれ)だ。
彼はイングランド・プレミアリーグでレスターを初優勝に導いた時の一員でもあった。
しかし、ぼくはこの二回に分けたインタビューをサッカーファンに限らず、大勢の人に、届けたい。
実に実直で泥臭くそして国際的な感覚を持ちながら、自分の可能性と常に向き合い挑戦し続ける男、岡崎慎司の素顔を。
家族との向き合い方や、コロナ禍の今、海外で信念を貫き通すその逞しい生き方など、彼の存在は、多くの人に勇気を与えるものになるはずだ。
気取らず、ほんわかしているこの男の、ユニフォームを脱いだもう一つの姿を知ってもらいたい。
そこには、パンデミックの中であろうと、ひるまず、家族とともに、自分の夢を持ち続けることが出来る人間の可能性や優しい希望が横たわっている。
岡ちゃんはその達成しつつある偉業よりも、生身の兄ちゃん的な姿にこそ、彼、本来の魅力があふれている。
スペインのウエスカで最後のプレーをする前夜、ぼくはこの泥くさい年少の友人と語り合った。

ザ・インタビュー、「サッカー選手岡崎慎司のサッカーとコロナと家族のあいだ」その1。
 
 
 

 今日は短い雑談、対談という感じで、気楽な感じでいきましょうか。


岡崎 いろいろ話したいこと、いっぱいありましたよ。

 えっ、ほんと。例えば?


岡崎 例えば? と言われてしまうと、回答に困るのですが(笑)。


 あっ、こないだ25日に試合があったしでしょ? あの後は、試合はないの? 23日に、一回試合があったんですよね。

岡崎 そうです、連戦だったんで。今まで5試合ぐらい全く出場してなかったんですけど、いきなり先発で出ました。結局、負けてしまったんですけど。久しぶりに試合に出て、その後も15分ぐらい出て、 まぁ、今、チームも降格争い中であと5試合でどうなるかって感じなんです。 3ポイント差なんで、まだなんとも言えないですね。


辻 頑張らないといけないところなんだね。

岡崎 そうですね。今、だいぶ重要なところです。

 僕の記憶の中にはいまだ、レスターの時の大感動の躍進シーンがある。『必ず点入れます』と言ったら、ぼくの目の前でほんとうに得点を入れたものね。感動的だった。

岡崎 必ずと言うか、その一回ぐらいしか、覚えていないですけど、僕(笑)。

 いやいや、東京の試合の時も、『必ず点入れます、来てくれたら』と言われて、行ったら、ぼくがスタジアムに入った途端に立て続けに2得点!

岡崎 はい、ありましたね。ニュージーランド戦。

 あれは、ニュージーランド戦だったね。じゃあ、ウエスカでの試合に、3点入れて貰おうかな(笑)。

岡崎 それで点をとれるなら、毎週、このインタビューやりますよ。

 あはは、毎週やろう。僕は、ひょっとしたら幸運を呼ぶおじさんかも知れないんで、是非。

岡崎 もう絶対そうですよ。

ザ・インタビュー「サッカー選手、岡崎慎司のサッカーとコロナと家族のあいだ」

地球カレッジ

 また試合見に行きたいな。フランスにも来てください。ご家族の皆さんと。奥さん元気ですか?

岡崎 はい、元気にしてます。コロナ禍でいろいろありましたけど。苦しみながら、今やっとなんとか充実してきたところです。

 お子さんたちも大きくなったでしょう。

岡崎 はい、学校が一応、通常通りあるので、それはすごく助かっていますね。学校が無くて家にずっといられたら、たぶん、またストレスが溜まったと思いますけど。

 スペインは、結構感染が落ち着いてきてますもんね。カフェとか、レストランも再開されてきた、という情報がありましたけど。

岡崎 今、徐々に制限も緩まってきています。以前のように、ロックダウンをがっつりするというより、ちょっと感染が増えて来たらそれにあわせて制限をかけて、という感じですね。州の移動とかはまだダメなんですよ。だから、マドリードなどに遊びには行けない。

 そうなんだ。ウエスカからだったら、近い大都市っていうと、バルセロナ?

岡崎 そうですね。バルセロナ、マドリード、あとは、サンセバスチャンとか、その辺が近いですけど、まだ行けません。

 行けないんだ。パリは5月3日から州を越えて移動出来るようになったんですよ。

岡崎 それは、大きいですね。

 そうそう、僕、コロナ禍がきつくて、田舎に引っ越したんだよ。今度、遊びに来てね。魚介がとっても美味しい海沿いの村で。誰も呼ばないつもりなんだけど、対面キッチンとか作っちゃって(笑)。なんか、一人で老後、仙人のように暮らそうかなと思ったんだけど、コの字型のキッチンをなぜか作ってしまい、その真ん中で自分が料理をするっていうイメージ。『パパ、これって誰か呼ぶつもりじゃん』って、息子に指摘されちゃった。(笑)。遊びに来ていいよ。

岡崎 やあ、行きたいです。でも、確かにそういう時間がより幸せに感じるようになりましたよね。コロナがあって。

 そうですね。コロナの感染がスペインもフランスも結構凄かったので、僕は還暦超えてますから、罹ったら息子一人残すことになるからね、・・・、去年の今頃は鬱っぽくなった時期もありました。それで、田舎との二重生活をはじめたんです。まぁ、息子も来年大学生なんで。少し自由に生きようかな、と。今日は、サッカーの話だけではなくて、スペインの感染状況とか、スペインでの生活ぶりとか、岡崎慎司が生きるこういう時代、「サッカーとコロナと家族」というような話を聞けたら、と思っています。

岡崎 はい。

ザ・インタビュー「サッカー選手、岡崎慎司のサッカーとコロナと家族のあいだ」

※写真、岡崎ゆめみ



 スペイン、レストランはもう再開されてるの?

岡崎 もう、始まってますね。夜も10時までやってます。ほんとに去年三か月ぐらい完全ロックダウンをして、その後からは、一回も完全なロックダウンにはなっていないです。制限をきつくしたり、緩めるたりっていうのが、ずっと続いている感じです。


辻 なるほど。感染者数も減ってきてますか? 

岡崎 感染者数は、外国人が入国できるので、例えば、連休があったりすると増えたりしています。

 えっ、観光客を外国から入れてるのスペイン!?

岡崎 そうなんですよ。みんなマジョルカ島に行ったりしてます。

 そういえば、僕の友達のクラウスというデンマーク人が、来週からマドリードに行くって言ってた。なんで? って聞いたら、いや、フランスは開いてないけど、スペインはレストランとか全部開いてるからって、・・・。 感染者増えないか、心配ですね。

岡崎 そうなんですよ。スペイン人は州の移動ができないのに、なんで外国人はいいのか、と、スペイン人が怒っています。

 そりゃあ、怒るよね。やあ、それにしても、こういう話しを聞けると、なんか、ちゃんと生きてるんだなってのが伝わってくるね。生活感あるなぁ。

岡崎 ちゃんと生きているって訳じゃないですけど、まぁ、奥さんなんかは僕より詳しいんで、二人でそういう話しをしています。

 奥さん、スペイン語は喋れるんですか?

岡崎 いや、僕も、奥さんも、全然喋れなくて。外では英語で会話していますけど、基本的には、あまり周囲と関わりがないですね。

 えっ、どういうこと? スペインに友達がいないってこと? 

岡崎 あはは。友達が出来るより先にいきなりパンデミックでしたから・・・。スペインに来てすぐに外に出ることができ無くなっちゃった、という感じ・・・。スペイン語も先生を家に呼んで習っていたんですけど、そのタイミングで止めざるをえなくなって。今はオンラインでできるけど、なんか、モチベーションも上がらなくて、コロナ禍で人との会話もなくなるから。まあ、自分たちが、生きやすければいいか、って感じになっていますね、どちらかというと。

 そうか。確かに。でも、岡ちゃん、ロンドンに居た時、英語も達者に喋ってたもんね。

岡崎 ふふふ。そんなにベラベラ喋ってたわけじゃないですけどね。

 いや、結構喋ってたよ。僕のためにロンドン・タクシー拾ってくれたのは、忘れられないよ。あれは、 感動的な出来事でした(笑)。

岡崎 いや、辻さん、僕、もう何年も海外に居るのに、これだけしか英語がしゃべれないっていうの、結構恥ずかしいレベルなんですよ。

 一緒や、ははは。僕もずっと息子に怒られてる。

岡崎 辻さんはフランス語喋れてるじゃないですか!

ザ・インタビュー「サッカー選手、岡崎慎司のサッカーとコロナと家族のあいだ」

※写真、岡崎ゆめみ



 いやいや、ぜんぜん、ダメ。料理を注文することくらいは出来るんだけど、専門的な話はダメですね。因みに、そうゆう生活をしてる上で、例えば学校とか教育問題とか、学校の先生たちと話したり、市役所の人と話したりする時は、通訳さんを頼んでるの?

岡崎 一応、そういう契約事とかは、こっちでお世話になっている日本人の方がいて、その人に学校に連絡してもらったりしています。

 ありがたいよね。そういう人。

岡崎 ありがたいですね。そういう人がいてくれて、ほんとに救われてるというか。僕や家族をいつも助けてくれてるのは、今、僕たちが住んでいるサラゴサのファンの方々で、夫婦共にサッカーが好きで、だから前に香川真司がサラゴサでプレーした時に彼のユニフォームをお渡ししたり、僕のユニフォームをお渡ししたりしてお礼をしているんですが、そういうことで凄く喜んでくれる。

 海外に住んでる人達って、自然に日本人同士、互助会っていうか、助け合う組織が出来てくるよね。特に岡ちゃんみたいに日本を代表してサッカーで頑張っている人は、みんな助けたい思いはあると思う。だから、それにこたえるためにも、試合で点数を入れればいいんじゃないの(笑)。

岡崎 (笑)。それがなかなか出来てないんですけど。

 この前、ヘタフェとの試合後、ラインでやり取りした時に岡崎選手から届いた一言『でも、楽しくやっています』。あれが凄くよかったな。調子が出てない時も、腐らず、楽しむってのは大事だ。あの一言が岡崎慎司らしいと思った。

岡崎 ああ、はい、そうすね。いろいろ経てですけどね。やっぱり、いらだつ時とか、モチベーションが全く出ない時とかもあるし、けどなんか、全部ひっくるめて。例えば、このコロナをきっかけに考える時間も増えて、日本にそろそろ・・・って、ちょっと考えたこともありました。でも、子供もちょうど中学生になるし、近い将来に待ち受ける現実を想像した時に、いや、これで日本に帰ったら、自分がここまでやってきたこととか、子供もこの経験が無かったことのようになるな、と思ったりして。それと照らし合わせて、僕自身も日本でJリーグに行って、評価されて楽しいだろうか? と思った時に、こちらに残る決意が固まったというか、ヨーロッパで引退しようかな、みたいな。そう思ってからは、全部経験と思えるようになりましたね。いろいろな苦しみも「経験」として捉えて、最終的に日本に帰った時に、指導者になって、自分が味わってきた悔しさとか、そういったモノも含めて、次の人生にぶつけるのもありかな、と思ったんです。だからこそ、いろんなことが受け入れられるようになったというか。

 なるほど、いい話しだな。素晴らしい。僕は、岡崎さんが家に遊びに来た時に、「岡ちゃん、将来どうすんの? なんか考えたりしてるの?」 って訊いたら、奥さんのゆめみさんが、『辻さんもっと言ってやってください』って言ったんだけど、覚えてる? あれ、忘れられない。いい嫁だ。凄く印象的でした。僕がなぜそれを聞いたかと言うと、岡崎慎司って、たぶんサッカーが第一の人生だとしたら、第二の人生、第三の人生っていうのを生きる人だな、と思ったから。ゆめみさんがいて、岡ちゃんがいるんやって、感動したの覚えてる。

岡崎 ははは。そうなんですね。それは、初耳ですね。

 岡崎慎司は、サムライだし。次はどこへ行くのかな?

岡崎 次はどこに行くか分からないですけど、いろいろ違う価値観に出会って、最終的にそれを自分なりに日本で形にできたら一番。それが自分の生涯でやることに繋がるのかなと思うんです。サッカーだけじゃなく、いろんなことで海外を知るという意味で。今回、コロナで州移動ができなくなって、今自分がいるアラゴン州ウエスカは、日本人にとってあんまり親しみのない土地なんですけど、実際は山があって、フランスとの国境も近いんです。ピレネー山脈を挟んでフランスの国境まで行ってみたりして、こんないい所もあるというのを発見できました。地方のワイン飲んだり、そういうのも一つの楽しみにはなっていますね。その土地のなにか、いいものを吸収するというか。クラブを離れてもずっと関係性を築いて、いろんなことを一緒にできるよう、話をしたりしています。


辻 ウエスカとの契約はいつまでなんですか?

岡崎 5月末には終わって、また、それからチーム探しになります。だから残りの試合が、自分の評価してくれる所を見つけるためにも重要ですね。まぁ、最後まで頑張ることが、チームのためになると思うので。


辻 そうだよね。それが岡崎慎司らしいね。最後まで頑張る。

岡崎 なんか、特に日本人だと、結果が無かったら、ある意味難しい、その土地の人間より出来ることを示さないといけないんで。でも、それが遣り甲斐だったりする。

ザ・インタビュー「サッカー選手、岡崎慎司のサッカーとコロナと家族のあいだ」

 今、何歳なの?


岡崎 35になりました。4月16日で。


辻 おめでとう。35か、確かにサッカー選手としては、やっぱり一つ大きな山を越えないといけない年齢だよね。


岡崎 そうなんですよ。辻さんは、35歳の時は、もうパリに居ましたか?

 いや、日本にいました。35の時は何していたんだろう。ECHOES解散して、小説家になって、芥川賞を狙ってた。あの頃は、なんでかな、賞をとることにムキになっていた。

岡崎 そうなんですね。意外ですね。賞をとりたいって意欲が、辻さんにそんな時があったんですね。

 岡ちゃんくらいの時、ぼくは物凄い野心家だった。でも、例えば、サッカーは勝たなきゃだめ。勝つというか、結果出さないといけないって、よくサッカー選手は言うけど、あれと同じかもしれない。自分の作品を認めさせたいという気持ちが、あまりに強かった。だけど、それが愚かだということにだんだん気が付いていく。若さかな、そういうことにムキになっていた時期があったのは隠せない事実です。今は、思い出すと恥ずかしいですよ。でも、その時期があっての今の自分だから否定はしたくない。


岡崎 はい。

 コロナでね、オーチャードホールでのライブが3回も中止になって、泣いた。悔しいので、そうだ、パリでやったろうと思って、セーヌ川の船の上からやるんですよ、5月30日に。あ、見てほしい。来てほしいけど、・・・

岡崎 凄いですね。それは見てみたい!

 ありがとう。ぼくは年少の友人、岡崎慎司を見習って泥臭く頑張りますね。(笑)。

後編につづく。

ザ・インタビュー「サッカー選手、岡崎慎司のサッカーとコロナと家族のあいだ」

※写真、岡崎ゆめみ
自分流×帝京大学



posted by 辻 仁成