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ザ・インタビュー 大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」 Posted on 2020/09/25 辻 仁成 作家 パリ

ぼくは仏教のことをあまりよく知らない。
しかし、お坊さんたちの中にはこの文明の進んだ現代であろうと、生きるか死ぬかの想像を絶する修行を積まれた方がいるのは聞いていた。
それら修行僧の中には修行が厳し過ぎて命を落とす人もいるし、気が違って現実に戻って来れなくなった方々も多いという。
修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が開いた奈良県吉野、修験本宗総本山金峯山寺では、日本で最も厳しいとされる修行、「千日回峰行」が行われている。
春から秋にかけての4ヶ月間、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の険しい山中を1日48km往復するのだ。
9年の年月をかけて千日間歩き続ける荒行である。
高熱が出ようが、嵐が来ようが、途中で辞めることは許されない。
さらに、千日修行を達成した後、食物、水を一切口にせず、横にならず、眠らず9日間、堂にこもって真言を唱え続ける「四無行」が待っている。
この難行を達成したものは千三百年の間に2人のみ。その1人が大阿闍梨、塩沼亮潤である。
ぼくはこの方と、これから幾年かの歳月を使い、個人的な対話をしていきたいと思った。
そのことを大阿闍梨に提言したところ、快諾を頂いた。
まずは、ご紹介程度に、今回と次回の二回、阿闍梨、塩沼亮潤が経験した千日修行のお話に耳を傾けてみたい。
ザ・インタビュー 千日回峰行を成した大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

 千日回峰行について、まず、お聞きします。どのような修行なのですか?

塩沼 日本では比叡山延暦寺と吉野山金峯山修験本宗が千日回峰行の行場になっています。それで、私がお世話になった奈良のお寺の方が、大峰千日回峰行と呼ばれています。ルートも距離も違いまして、分かりやすく言うと、比叡山の二日分が大峰一日分に当たります。

 大峰の方が比叡山の千日修行より長いと言うことですか? 

塩沼 距離と高低差で比叡山の2倍になります。

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<吉野山の蔵王堂>

 

 距離も倍近くあって、苦行なわけですけど、初代成し遂げられた方はいつの方でしょうか。

塩沼 昭和時代に一人いらっしゃいます。それまで達成者がいなかったのにはある理由がありまして、その理由と言うのが、それまでこの修行には大峰にいたる旧道を使っていたのですが、そこを使うと一日20時間くらいかかってしまうんですね。そうすると、睡眠時間も組むことが出来ない。物理的に不可能なので、それまで挑戦者も達成者もいなかったのです。私も旧道を歩いてみましたが、あれはどんな強靭な人でも無理だと思います。

 ぼくは塩沼さんの「人生生涯小僧の心」と言う本を読ませていただいて、千日修行というのがどれだけ厳しいかと言うことを学びました。簡単に言うと修行を千回続けると言うことですが、想像を絶する難しさだと思います。

塩沼 新道ができまして斜めに登っていくイメージなんです。距離は伸びたものの、16時間で帰ってこれるというコースでした。

 ちなみに、比叡山の方はどれくらいかかるのでしょうか。

塩沼 比叡山は7年かかるのですが、途中、京都の市内を歩く時は少し伸びますが、1日28kmと言われています。

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<一歩一歩、悪路を進む>

 


ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<地下足袋はすぐにボロボロ>

 
 そして、吉野山の大峰の場合は48km。ほぼ倍ですね。しかも高低差が1300m、熊やマムシが出たりする険しい道のりで・・・。一体何年かかるのですか?

塩沼 合計9年かかります。

 修行を行う時期は春から秋(5月3日から9月3日)までと言うことですが、そのあとは何をされているのでしょうか?

塩沼 全く休みはないですね。2週間ほど身体を休める時間を頂きますと、次の春まで、朝4時半に起きて19時までみっちり修行があります。日常の修行が待っているんです。野球選手のようにシーズンが終わったら少し休息というのは全くない。

 このインタビューでは到底伝わらないくらい、千日回峰行は大変な修行だと思います。どんなに苦しくても、朝、滝行からはじめるのですね。朝と言っても、夜中ですよね。熱が出ようが、足が動かなかろうが、48km、休まず折り返し地点まで登っていたのですね。

塩沼 24km先のちょうど中間地点、大峰山山頂には150名くらい泊まれる宿坊が5軒ありまして、大峰山寺というお寺もあります。そこに常時7、8人の人がいますので、途中で帰ったらバレちゃいますね。毎日おにぎりを食べつないで歩いていました。

 言葉にすると非常に簡単ですけれど、魑魅魍魎の世界を雨嵐の日も歩くわけですから・・・。

塩沼 猛烈な突風が吹きます。目の前を新幹線が走っているような感じですね、場所によっては。 

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<悪天候の急坂を下る>

 

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

 ぼくが塩沼さんと初めてお会いしたのは、ブルーノートでのライブの後でしたね。打ち上げ会場で知人に紹介されたんですが、その時の塩沼さんはニコニコされていて、何も知らされていなかったので、ずいぶんと若いお坊さんだな、と思いました。千日修行されたというけど、言葉で聞いてもピンとこないんですよね。その時の声の張りや笑顔と、今こうして仙台とパリを繋いでいる声や笑顔はその時と全く変わらないのが不思議です。しかし、いくつかご著書を読ませていただくうちに、あのニコニコの笑顔の裏側に途轍もない経験を隠しているのだ、と気づかされました。常識や認識や知識や経験とは違うところに大阿闍梨、塩沼亮潤がいる、と感じました。そして、凄く自然体な大阿闍梨でした。だからか、珍しく、この方はすごいと思った。御著書の中にあるこの言葉がぼくの心にまず残りました。「修行の四年後、奈良に戻って、自分が許せなかった、心を赦せなかった人間が目の前に現れ、普通に会話ができてお土産を渡すことができた」という一節です。千日修行を経験した人でも、許せない人間がいて、その人を千日の修行の後に許せた、というお話しに、人間とはなんぞやと、改めて考えさせられた次第です。その人というのは、塩沼さんのお父さまなのですか?

塩沼 いや、父ではないです。先輩でした。

 そうですか。それはそれで良かったです。というのは、塩沼さんが子供の頃、お父さんが暴れて、大変貧しい生活をされていた、ということが本に書かれてあった。そんな塩沼さんはお母さんおばあちゃんに支えられて、貧乏のどん底から仏教に目覚められたということを読ませていただいたので、最後の一節に辿りついた時に、ふと、この許せなかった方がお父さんなのかな、と思ったのでした。それが先輩だということを聞いて、またこれも、腑に落ち、塩沼さんの人間らしさを感じました。千日の修行を達成した人に、人間らしさを覚える不思議を味わいました。

塩沼 自分の失敗談はどんどん皆さんにお伝えしたいと思っています。お坊さんも一般の人も一緒の人間なんだということをわかって欲しくて。24歳の時、ちょうど千日回峰行を始めようとお寺に入った頃ですが、あることがきっかけで周りからかなりいじめられました。私自身はそういう人でさえ受け止めて、大きな愛で包んであげることがお坊さんなのに、自分はなぜできないのか、と悩みましたね。なので、それがこの修行における自分のテーマにもなったのです。ただ山に行って帰ってくるのじゃなくて、自分の中で毎日問答していました。

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<修行僧時代(右から4人目)>

 


 それで、千日を超えた時に、自然に赦すことができたということですね。

塩沼 そうですね。皆さんの代表選手として山を歩かせてもらったと思っています。私がそこをクリアしたそのヒントを皆さんにレクチャーできたらと思っています。だいたい人間の望みって、地位、名誉、財産など「欲しいものが手に入らない」、「思い通りにならない」、「愛するものとの別れで苦しんでる」、そして一番厄介なのが、「嫌な奴と会う」という事なんです。この4つさえクリアできたら人間ってとってもハッピーだと思うんです。

 素晴らしい。それは本当によくわかる。

塩沼 私はこれを何とか克服しようとしていたんです。欲しいものが手に入らないとか、食べたいものが食べられないなど、物欲、食欲、性欲というのは全然苦痛ではないし、大丈夫でしたけど、嫌な奴だけは苦しいですねー(笑)。 

 千日修行を達成された大阿闍梨さんでさえそう言われるのなら、我々が毎日周りの人に腹立ててるのは当たり前なんだ、と思えて、安心できます。ぼく自身は還暦になっても嫌な奴のことを考えては日々頭に来ているような小さな人間ですから、このお話しを聞いて、一緒じゃん、と思いました。有難いことです。

塩沼 そうですね。千日歩いても実際ダメだったんですが、ある瞬間にパッとその人を愛しむ事ができたんです。その瞬間というのは私が30代後半の頃だったんですけど、それ以降、嫌いな人はいなくなりました。

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<午前2時のお水取り>

 

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<茶碗から茶碗へうがいする>

 
 素晴らしい。人間は人間に苦しめられますね。いくつになっても、それは続く。なので、こういう誰もが抱える苦悩を語って貰えると、同じ人間なんだ、と安心を覚えるものです。修行をする前は、どうでしたか?

塩沼 それまではドロドロでしたね。

 塩沼さんが鬼の形相をしているところは全く想像できない。会った時の笑顔しか印象にないから。笑顔以外ない人なのかな、って思っていました。

塩沼 昔は本当に、なんで? どうして? という顔をしていました。

 修行のおかげでしょうか?

塩沼 悩んでる時とか、苦しんでいる時は思いっきり格好悪く苦しんだ方がいいと思います。

 いい言葉ですね。苦しんでいる時は思いっきり格好悪く苦しんだ方がいい。同感です。

塩沼 周り巡って、今、私は皆さんに優しくしてもらってるのかな、とも思っています。

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<「今日よりは明日、明日よりは明後日」という思いで>

 
 仏法や仏典を学ぶ事が大切だというお坊さんもいるでしょう。だけど、塩沼さんは理屈より先に自然とか自分の生きる身の丈の中での修行をされた方だと思います。これもご著書の中で心に残ったシーンなんですけど、お師匠さんとの会話の中で、塩沼さんは「仏典なんか知らなくてもうちの近くのお百姓さんとか村人たちは楽しく笑顔で生活している、仏教なんか勉強しなくても大丈夫なんですよ」っておっしゃられた。難しい仏法や仏典の中にあることではなく、笑顔の中にこそ、仏の心、根が根付いてるところを塩沼さんが見抜いている。そして、その発言に対してお師匠さんが大笑いした。とってもいい場面だなと思いました。

塩沼 宗教について勉強してなくてもお天道様みたいな人ってたくさんいらっしゃるんですよ。

 おっしゃる通りです。苦しんで、悩んで、それが人間なんだということを再認識したようで、清々しい気持ちになる事ができました。ありがとうございました。

(つづく。次回は塩沼さんの宗教観について)

ザ・インタビュー  大阿闍梨 塩沼亮潤「幸福になるための4ヶ条」

<百日間、五穀ト塩を断って八千枚ノ大護摩行に挑む>

 

塩沼亮潤 x 辻仁成 「生きること、人生大相談」2020.11/14 (Sat) 20:00〜

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posted by 辻 仁成