ノルマンディ、ツジ村便り

辻村相談窓口、「時間に換算しない生き方」 Posted on 2026/07/15 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
さて、さっそく、みなさまからのご相談にお答えしたいと思います。相談窓口、開店です。

匿名希望Mさん
「辻さんは時間の使い方がとっても上手というか、あれもやって、これもやって、いくつかの仕事を同時にこなされながら、三四郎ちゃんの世話とか、アートカレッジの校長とか、もちろん、お料理とか、こなされていて、デザインストーリーズの執筆は途切れたことがありませんし、連載とかもあるでしょうし、ちょっと私的には、信じられないんですが、どうやってスケジュール管理をして、時間をコントロールしているんですか?」

辻村相談窓口、「時間に換算しない生き方」



おこたえしまーす。

「なにか、たしかに、時間をすごく操っている感じはあるかもしれませんが、そもそも、この時間って概念、怪しいですよね。誰がいつ決めたのかも、わからないし、何で一日は24時間じゃなければならないのかも、科学的には意味があったとして、ぼく個人的には、これに支配されるとよくないな、というのが子供のころからありましたが、作家になった頃から、いわゆる世界的な意味での時間とのやりとりというのは、うまくやってこれた、と思います。絵を描くようになって、毎年の個展が大きな節目の役割を担うようになったので、年間の柱をそこにおいて、制作の時間と生活の時間を使い分けてこなしていますが、皆さん、お気づきのように、ぼくはこのデザインストーリーズの記事も365日、休まず配信をしています。ある種のサイクルのようなものがあって、ま、仕事という感覚はないです。プライベートなウエブサイトですから、本来自由に休んでもいいんですけれど、むしろ楽しいから、毎日、2本程度、アップしてしまいます、勝手に。で、この執筆に関しては仕事じゃないので、24時間の中にいれてないんです。日本時間の深夜0時と、11時くらいにだいたい、記事が配信されますが、好きなことを時間換算しない、という主義なので、空いてる時間でやっています。実は絵も、アトリエにはつねに、同時進行で描いている作品がイーゼルの上で数作品並んでいるので、起きてきて目に留まった瞬間から、筆が入りはじめ、ある程度納得するまではそこに没頭となってしまい、これも好きなことなので、時間を割く、という感覚はないです。ま、唯一、三四郎の散歩だけは朝9時、夕方16時、夜お20時、と決めてやっていて、これがルーティンワークになるのかな、絶対やらないとならない生き物を飼った人間の宿命として、携帯の時計を覗き覗き、やっています。それが終わると、ギターを掴んで、歌とかギターの練習をやってますね、気分転換的に、でも、それも、コンサートが一つの目標としてあるので、好きなんだけれど、やると意味が出る、みたいな。ま、好きなことだし、一日の空気感が変わるので、強制的ではないんですが、日々の日課として、毎日、やってます。今月、ライブが2本あるので、その練習を、そうですね、それの練習になるのかな。絵も数時間、記事とか連載もある程度時間を奪われているのでしょうが、好きな時に好きなことをやる、という感じなので、24時間枠の中に特に入ってない感じなんです。気が付いたものをやる、みたいな・・・。

今、うちの事務所は夏休みに入ったので、マネージャーも家族と旅行に出てますし、事務所はお休みですが、画廊もゴメスは今日から暫く休暇らしく、連絡はなし。でも、ぼくね、土日もないし、正月もクリスマスも普通に創作やっているし、バカンス、最近、とってないので、休む、という感覚がそもそも何かわからないし、たとえば、イタリアとかに三四郎と旅しても、スケッチ描いているし、それが作品に必ずなるので、ぼけっとした休みって皆無。そもそも、24時間枠の中に、厳密に言えば、創作時間は含まれてない、と思ってまして、だから、無限に24時間がある感じの中で生きており、一方、創作物がどんどん出来あがっていくから、ある時、ほえー、けっこう、すごいな俺とは思ったりしていますが、ま、それも、ぼくの時間感覚なので、ストレスは無し。24時間枠の強制的な仕事という感覚が犬の散歩以外ないので、永遠に、時間がうしろに貯蓄されているような感じでしょうかね。時間に追われるというのじゃなく、無限にある時間を順次、好きに使っている、感じです。なので、ストレスは創作においてはないです。ストレスは人間関係だけで、もうそれもいろいろと経験したので、野心が消え去りつつある今、誰かと生きるために時間も使わなくなりましたから、24時間はさらに無限に広がっている印象です。ご存じかと思いますが、ものごころついた時より腕時計をぼくはしたことがありません。2,3個、持ってますが、使わないので、質屋にでも出そうかな、と思っているくらいです。携帯があれば、世の中的な時間はわかりますから、腕時計をしないことが、ぼくの時間を無限にさせているんだと思います。あ、だから、ぼくは白髪もないので、死なないような気さえしていますし、すでに死んでいるのかもしれないけれど、意識だけが生きていて、創作だけできているのかな、と思うことも稀にあります。『辻さん、会社員や主婦はそうはいかないんですよ』とご批判が出るかもしれませんが、ぼくはぼくの生き方を自分で選択していて、絵だって、今は仕事になっちゃいましたが、もともと描いていたし、画家になるつもりも一切なく、でもなぜか、個展が開催され、求められるようになり、アートフェアなんかにも招かれて、だから職業意識や野心はかなり薄いんで、それも時間泥棒にあわないですんでいる理由の一つかもしれません。ぼくは完全な自由なアーティストなんです。それは何か、と申しますと、この世界にある時間とは別の、自分なりの時間を持つことが出来ている、ということになります。死ぬつもりはないんですが、いつか、世の中的に、ぼくがこの世から消える時まで、ぼくはぼくの時間で、ぼくの創作を続けています。これは、人によっては、不可能、と思われがちかもしれませんが、人のいない田舎に移り住み、自然の中で生きてみたら、出来ることかもしれないですよ。ぼくは、そうなりました。夜、アトリエの屋根の上に登り、大の字になって、星々を眺めています。普段、どういう仕事をするかは、おのおのが考えないとなりませんが、何をやるか、とるか、で、人生の時間は無限に広がると思っています。ぼくがことさら時間に支配されるのは、連載の締め切りとか、日本に向かう飛行機の搭乗時間、そして、愛犬の時間、だけなんです。この生き方は一人で生きるようになり、徹底されました。朝は目が覚めた時が朝で、夜は睡眠に入った時が夜で、太陽が山に登る時が朝、夕陽が海に沈む時が夜です。昼寝もしますし、家庭菜園でまかなっています。腕時計にあこがれを持ったことがないのは、自覚的に時間を排除して生きてきたからか、と思いますし、この年齢になった今、ますます、時間は無意味になっています。漠然とした、個展までの制作期間が、ぼくのリズムを作っています。絵は説明しないでいいので、ぼくの生き方にはとってもあっていまして、いや、こういう生き方だから、ああいう作品が生まれているんだろうな、とつくづく、時間変質者であることを自覚するようになってきました。老いが進んでも、中心にある思考は変わらない気がします。あとですね、お酒をやめようと思っています。なかなか、実現できないですが、お酒を買うお金もばからしいことに気が付いて、ぐんと減らさなけば、とぼんやり考える毎日です。あまり参考にならなかったかもしれませんが、好きなことは時間に換算しない。嫌いなものから離れて、人里離れた世界で生きることで、自分時間が充実する人生、というのが素晴らしいことに今は気づけて良かったな、と思っています。この思考への到達は、若い無謀な時期を通過したからこそ、得られた境地かもしれないですね。ここからが、ぼくの人生です。えいえいおー」

辻村相談窓口、「時間に換算しない生き方」



父ちゃんからのお願い。
いわば、個展にならぶ、作品は父ちゃんの無限時間が作った、父ちゃんの結晶です。日本で、8月5日から11日、三越日本橋本店、6階で、個展を開催されます。ノルマンディの辻翁は、たぶん、連日、顔を出します。どこかのタイミングで・・・。チャンスがあれば、お会いいたしましょう。

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