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自分流塾「いざという時が来る前の心構え」 Posted on 2022/06/29 辻 仁成 作家 パリ

人間はだれしも、自分の未来に対して漠然とした不安を持つことがある。
今は健康だけれど、ある日、不意に大きな病を告知される日が来るかもしれない。
或いは家族や親しい友人やもちろん自分自身が事故や事件に巻き込まれる可能性も常にゼロではない。

未来というのは過去と違ってまったく蓋をされている状態なので、ある程度は読めても、見えない部分の方が圧倒的に多い。
その蓋が不意に開いて、そこがどうなっているのかを知る時というのが常に「今」なのである。
そこで心構えというのが大事になる。

想像を超える衝撃がいつ降りかかってもいいように、常に、心の片隅に、構えをもって生きることが大事だ。

自分流塾「いざという時が来る前の心構え」



自分流塾「いざという時が来る前の心構え」

「いざという時の心構え」という言い方をよく使うけれど、何かが不意に起こった時のために常に心の準備、用意が必要だということであろう。
僕は「いざという時が来る前の心構え」といつも念じている。

普段から、どんな時も、いつか不意に訪れるかもしれない不吉な何かを漠然と想定しておくようにしている。
健康な時、うまくことが運んでいる時にこそ、心を構えている。
そうすると、不思議なことに最悪というものが回避されていく(ような気がするだけかもしれないけれど・・・)。
そうしておくことで、あまりよくない状況が訪れても、ある程度、冷静でいられるのは確かだ。

自分流塾「いざという時が来る前の心構え」



自分流塾「いざという時が来る前の心構え」

 
いつか来るとは思っていたけど、慌てない力、とでもいうのか、イメージトレーニングが出来ているので、それはつまりある種の覚悟ということも言えるのだが、覚悟があれば、つまらない動揺に慌てることもない。
それでも最悪な事態が僕らの運命を容赦なく引き裂いてくることもあるだろう。
最悪の事態というものは、一瞬で築き上げてきた人生というものをいとも簡単に破壊してしまう。
なので、心構えがあるとないでは違ってくる。
そのためには事前の心構えが大事になる。心構えというのは「いざという時」が来る前から常に「いざという時を」自分に諭し続けているという行為に他ならない。

変な話だが、僕は意外な時間を利用する。
なぜかトイレで小用に立つ時などを利用して、心を構える。
あの瞬間というのは男も女も無になる時間だから、心を構え直すのにちょうどいい。

この身体のどこかに何かが起こっているかもしれない。
もうすぐよくない結果が知らされるかもしれない。でも、それは仕方がない。
やるべきことはやってきたし、運命には逆らえない。
そのような不幸が訪れる時に慌てないようにしよう、と思いながら用を済ませ、僕はトイレを出る。

だから、トイレから出た僕はだいたい清々しい悟った顔をしている。
トイレから出た時、毎回、僕は、こうやって普通に生きることのできる日常のありがたみに感謝さえしている。
ごく普通に生活できることが何ものにも代えられない人間の幸福であることを再認識しているのだ。
たかがトイレタイムだが、人間が死ぬまで永遠に繰り返さないとならないトイレタイムが小さな思考のトレーニングの場と時間になる。

今はまだ大丈夫だ、と自分の現状を確認することで、僕は小さな心構えを手に入れているのかもしれない。
それはまるで、長く曲がりくねった人生の道を歩くのに似ている。

この電柱を過ぎたら、次の電柱まで歩いてみようと思う気持ちこそが心構えであろう。
そうやって僕はいつも次の電柱を目指してコツコツと生きてきた。
目的地だけをわけもわからず目指すことじゃなく、次の電柱までとにかく進んでみよう、と心に言い聞かせて歩んできた。
それが僕が思うところの心構えなのである。
そうやって進んでいくと、意外に遠くへたどり着けるものなのである。
最初から遠くを目指すと大変が見えすぎて、あっさり挫折することもある。
目標は小さく、出来る範囲で持ち、遠くは見ないで、足元を大事にコツコツ前進すればいい。
そういう時に、次第と、心構えが整うのである。

自分流×帝京大学

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posted by 辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。